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とある騎士団員のとある過去話  作者: 柘榴石
星屑【ミル】
11/21

 城には不穏な空気が立ち込めている。今までこういうことは少なく、平和だったのだから仕方ないだろう。

 あちこちから子供の泣き声が聞こえる。それを宥める大人の声も、どこか心細い。

 ミルも同じだった。ステラは傭兵団の団員と連絡をとる為この場におらず、独りだった。

「……お母さん……お父さん……」

 家にいる両親のことを思い出す。

 ミルの家はロザリアにある。いずれは城に攻めこむかもしれないとなると、ロザリアは間違いなく火の海となるだろう。


 ――大丈夫。フィオーレには、傭兵団もある。


 ミルは指を絡ませ、目を閉じる。そして、祈り続けていた。

 夜が訪れ、皆が眠り始めても祈り続けた。が、流石に力尽きたのか、彼女はこてんと倒れて眠った。

 髪を撫でられる感触。耳元で何かを囁かれた気がしたが、もうミルは意識を深いところまで鎮めていた。



 目が覚めたのは、眩しい日差しではなくけたたましいサイレンだった。

 ざわめく人々。ミルも起き上がり、様子を見ようと立ち上がる。

「……ん」

 その瞬間、紙が落ちた。

 それを拾い上げ、書いてある文を読む。ステラからだった。


『ユーラ村が占拠された。今はカンパヌラで戦闘中らしい。

 俺も参加する。こちらには最強の傭兵、キールがいるんだ。大丈夫だろ。』


「……キールさん」

 彼の噂は聞いたことがある。たった一人で敵陣に飛び込み、その軍隊を壊滅させたとか。最強の名を与えられても尚、ストイックに修行を続けているとか。

 そんな彼が味方となれば、安心できるというもの。しかし、油断は大敵である。

 ミルは人々の間を縫ってバルコニーへ出た。城から見て北東、カンパヌラの方で煙が上がっている。ロザリアでもいくつか煙が上がっているようで、ソルティーナの勢力が想像以上のスピードで攻めこんできていることがわかった。

 時間が経つのが遅い。一分が、一時間二時間にも感じられる。

 城へと巻き込まれた民衆の遺体が運ばれていく。親族の顔を見つけた者は泣き崩れ、見つけなかった者は不安と期待を滲ませる。

 ミルも駆け寄り、運ばれる遺体を見つめた。中には赤ん坊もいて、皮膚が焼けただれている者もいた。

 そんな中――

「……うそ」

 見慣れた顔が、運ばれていく。一人は顔面に大きな傷をつけられ、もう一人は血まみれだったが、ミルにはわかった。


「うそだ……お母さん! お父さん!!」


 何度もそう叫びながら、ミルは膝をつく。

 更にその後、弟と妹も運ばれてきた。それを見つけた瞬間、彼女はついに泣き崩れた。

 家族の死。残されたのは、自分だけ。


 もう自分には、ステラしかいない。

 ミルはいっそう祈る。彼以外に頼れる人は、もうこの世にはいないのだから。



 * * *



 戦が始まってから、三日目の朝。ステラ達傭兵団の安否は知らされておらず、ミルの不安は募るばかりだった。

 ――ここにいても、気が滅入るだけだ。ミルはそう考え、ワンピースの上にローブを羽織ると、そっと城を抜け出した。



 今は戦中だということも忘れる程空は青く、風も心地よい。至るところで咲いている花が揺れている。

 ミルはなびく髪を押さえつつ、ジラソルト遺跡群へと向かっていた。ロザリアからは遠くなく、その近くには小高い丘があるのだ。

 ロザリアには人影などひとつもなかった。皆城へ避難したのだろう。

 いつもは人が溢れる程賑わっているチュリア商店街。そこをたった一人で歩くというのは、いささか違和感すら感じる。

 丘を登り、カンパヌラの方向を見つめる。炎と煙があがり、交戦中であることは一目瞭然だ。

「……あれ」

 ふと、丘の頂上に違和感を感じた。そこだけ不自然に飛び出ている。

 近づいてみると、それは銀色の光沢を放つ銃であることが分かった。何故ここに置いてあるのだろう――そう思っていると、近くに折り畳まれた小さな紙があることに気づいた。


『もしこの丘に訪れる貴方が

 この銃を使う覚悟があるのなら

 この銃は貴方の力となりますように』


 綺麗な字だ。しかし文字が少し歪んでおり、そして細い。

 そして紙の端には、血と思われる赤い染みがあった。

 焦っていたのか、それとも――。ミルはこれを書いた者の名を探すが、それはちょうど染みで見えなくなっていた。ただ、辛うじて『傭』という字が読めたので、傭兵であることは間違いないだろう。

 ミルは紙をまた折り畳むと、銃と一緒にローブの内ポケットにしまった。

 西の方角から黒い雲が近づいてきている。雨が降る前に城に戻った方がいいだろう。

 ミルは踵を返して歩き出す。最後にカンパヌラの方を見やると、祈るように目を閉じ、そして走り出した。

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