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「アキハー!」
威勢の良い声が聞こえ、アキハは手を止めた。額の汗を少し拭い、練習場の扉を開く。
そこには、体つきのがっしりした少年が立っていた。
「よっ、アキハ」
「わざわざ声出さなくてもインターホン押せばいいのに。……お兄ちゃーん、コクランが来たよー!」
アキハは奥に向かって叫ぶと、コクランに中に入るよう促した。
すると、一人の青年が姿を現した。短く切り揃えられた黒髪に、気だるげな白い瞳が印象的である。
「宜しくお願いします、シンヤさん!」
「おうよ。ちゃんと特訓してきたんだろうな?」
「はい! 毎日家で筋トレ10セットしてます!」
その言葉を聞き、シンヤという青年は苦笑する。コクランの筋トレとは中々ハードなものだったはず。
「体壊したら元も子もねーぞ? 俺はまだ用意出来てねえから、お前らで基礎始めとけ」
はい、という二人の声が重なると、シンヤは満足そうに奥に消えた。
アキハとコクランは幼馴染みである。小さい頃からよく遊んでいて、そのせいかアキハは男勝りな性格になっていた。
コクランは逆に柔和な性格となり、よくシンヤやコクランの姉であるナツメに『性別が逆だ』とからかわれたものだ。
しかし今日、コクランがアキハの家に来たのは遊ぶことが目的ではない。シンヤに特訓してもらう為だ。
二人の高い戦闘能力を見抜いた彼は、自ら二人を鍛えることにした。実の妹であるアキハを戦場に出せるようにすることに抵抗はあったものの、最近の世界情勢を考えればそんな悠長なことは言ってられなかった。
毎日あちこちで紛争やテロ、そして戦争が起こり、色々な国が植民地化されている。強大な力を持ったモニカ帝国、そしてソルティーナ連合国は帝国主義を掲げて同盟を組み、今は平和なフィオーレ王国もいずれ戦場と化すことは容易に推測出来る。
何よりも生き延びる為――父親から受け継いだその精神をモットーに、シンヤは己と二人を鍛えているのだ。
アキハには槍を、コクランには大鎌を。それぞれに適した武器を渡すと、二人の能力は更に引き上げられた。毎日模擬戦闘を行い、体力と筋力を高めている。
「くーっ、やっぱシンヤさんは格好いいな。あんな兄貴がいて羨ましいぜ」
「え、あたしはナツメさんみたいな優しいお姉ちゃんが欲しかったけどなあ」
アキハにはシンヤともう一人、年の離れたキールという兄がいる。そして、コクランにはローズという妹がいた。
お互い、兄弟の中で唯一の女と男。そういった面からも、二人は気が合うことが多かった。
「模擬戦闘始めるぞ。準備はいいな?」
「いつでも大丈夫!」
「準備出来てます!」
「OK。じゃあ二人とも、俺にかかってこい」
その言葉に、アキハとコクランは思わずきょとんとした。もし聞き間違えていないなら、今彼が言ったのは2対1ということで――
「どうした? かかってこないのか?」
武器である剣を構えながら、その口元に笑みを浮かべるシンヤ。人数など、実際の戦場において重要視すべきではない――そう考えての言動だった。
それを理解した二人は、シンヤと対峙する。そしてコクランにだけ聞こえるような声でアキハは囁いた。
「あたしが突っ込んでいく。コクランは後ろから回り込んで」
「了解」
二人は同時に大地を踏みしめ、駆け出す。アキハの槍がつき出されるが、シンヤはそれをひらりとかわし、更に背後のコクランの鎌も剣で受け止めた。
そして足をしならせ、勢いをつけてコクランの脇腹に叩き込む。勢いづいた彼の体は壁に激突し、一瞬視界が眩んだ。
負けじとアキハは槍を軸として回転蹴りを繰り出す。しかしシンヤはその槍自体を剣で払い、支えを失ったアキハは腰から床にぶつかった。
「いたたたたた……」
「おいおい、これでも手加減してるんだぜ? やっぱりもうちょいしごかねえとな」
「げっ……」
思わず出た本音をシンヤが聞き逃すわけもなく、アキハの脳天に一発グーを入れる。
「ちょっ、今の一番痛かったんだけど!」
「ん? もっとやってほしいか?」
ぷっ、とコクランが吹き出す。つられてアキハも笑いだし、しばらく3人で笑っていた。
このときは、今のような生活が続くと信じていた。
信じて疑わなかった。
あの忌まわしき日が、来るまでは。