男は背中で語るもんだぜ
カラン、とグラスの中で踊る曲線を描いた氷が年代物のスコッチを搔き分け、ガラスのグラスにキスをする。
ジャジーなBGMをバックに、こくりとそのグラスに注がれたスコッチを飲む男が一人。背は180はあるだろうか、短く借り上げたアッシュブロンドの髪と頬に刻まれた傷、そしてその鋭い目つきが、ただの一般人じゃない事を表している。
捲りあげた腕は太く丸太の様で、その先にある手、そしてその指はまるで岩の様に堅く、そして血の匂いが染み付いているような錯覚に囚われる。
カラン、とまたグラスの中で氷が踊る。少しだけ表面を溶かし、面積を縮めた氷をその鋭い目で見ながら光に翳す。
ふ、と口元を歪め、隣に座るレディーに向かってその男はしゃべりだした。
俺の名はゴルバス、中東の紛争地域で戦争をしている所詮傭兵ってやつだ。あちらこちらから集まる猛者を集めて一つの軍隊に仕上げた。自分でいうのもなんだがかなりの部隊だと自負している。
そんな俺達にとある要人の警護の依頼が舞い込んだ。場所は日本、あの安全な国で俺たちの腕が必要になる理由が良くわからなかったが、頼んできたのは以前借りを作ったことのある奴だ。殺す事しかしらねぇ俺達に護衛が勤まるか甚だ疑問だったがまぁ、折角だ、休暇もかねて日本に行こうと決めたわけだ。
しばらく戦争の空気しか味わっていなかった俺たちには、場違いな空気がそこにはあった。しかし俺たちはプロだ、与えられた任務を忠実に遂行する、それが俺たちの仕事だ。
詳しい資料を見るとどうやら警護対象は、まだ1歳の少女だと言う。何かの間違いかと思ったがどうやら本当の話の様子。依頼者が来るというので、そこで詳しい話を聞こうと指定の喫茶店で時間を潰すことにした。
しばらくしてやってきたのは小さな餓鬼が一人だけ、どうやら時間も守れないような雇い主のようだ。まったく、勤勉な日本人はどこへ行ったのかと思っていたらその餓鬼が依頼者だって言うじゃねぇか、とんでもねぇ話だ。とりあえず飲んでいたコーヒーを鼻から盛大にリバースしちまったぜ、痛いのなんのって洒落になんねぇよ。
さらに話を進めてくと本当に冗談じゃない事実が発覚するわけだ。なんせ聞くところによるとまだ3歳だっていうじゃねぇか。こんな餓鬼に使われるなんざ傭兵を舐めているとしか思えない。そう、俺はそう思っていた、その瞬間までは。
舐めていた、日本人つぅもんを舐めていた。こいつは半端ねぇ、たった30分の話し合いだったが侍が未だ日本にいることを実感させた。
あいつの目の奥で燃えるソウルファイヤーは伊達じゃねぇ。まさに日本魂を見せてもらった。
そうして見ると纏う空気が既に違う、俺はもしかしたらこの極東の島でとんでもねぇ奴と出会ってしまったのかもしれねぇ。
人を殺す事しか知らなかった俺に新しい世界を見せてくれる、そんな夢を、いや白昼夢を見せられたんだ。
驚いたぜ、戦争地帯で感じるような背筋の冷たさと極度の緊張感が俺を襲うんだ。もはやそこはただの喫茶店じゃねぇ、歴戦のツワモノ同士が睨みあう一触即発の危機的状況な訳だ。
3歳なんてのは所詮数字の並びにすぎない、そのボーイはそう言った。確かにそうだ、こいつのハートは、グレイツハーツは、その思いは、その情熱は、俺の魂を、心臓をゲイボルグでぶち抜かんばかりに熱かった。
クランの猟犬もびっくりの手際だぜ。
依頼内容はこのグレイツハーツボーイの妹の護衛らしい、たしかにこのボーイの妹ならば、何かあったとき国際問題に発展する可能性があると言われても理解できる。
そういうことか、だからこそ俺たちが呼ばれたのか、中東の英雄と言われる俺たちだからこそこの使命か。
俺は初めて任務を任された理由を知った。そして感動に打ち震える。ここまでやりがいを感じる仕事があっただろうか、ここまで熱い思いをかけて戦う日があっただろうか、いや、ない。
単独潜入で戦車に立ち向かったときも、戦争ヘリと正面切って打ち合ったときも、ここまでの熱いソウルに震える事はなかった。
俺は自然とそのグレイツハーツボーイに敬礼をしていた。
この俺が、形式上でしか敬礼をしなかったこの俺が、心の底からこの男の為に敬礼をしたのだ。
だがその男は言った、俺たちはもうソウルブラザーだ、敬礼は必要ないぜ軍曹、ってな。
熱い、熱いぜ、このたぎる情熱、熱すぎるぜ。
だから俺はこう返したんだ。
あぁ、すまねぇ大佐、アンタに付いていく。これは俺だけのセンチじゃねぇ、隊の、俺たち隊の総意だって思ってもらってかまわねぇ。ブラザー、死ぬときは一緒だぜ。
あの時、熱く交わした握手は今でも忘れられねぇのさ。確かに小さい手だった、けどな、その目に見えるもんだけじゃねぇ、俺のハーツにガンガンとロックンロールが鳴り響いてディスティニー。そして俺をブロークンハーツな訳だぜベイビィ?
まぁ、そんな訳さ戦争をやめてこっちにいる理由はな。わかったかな、キャシー?
「で・す・か・ら! 私、大木 真奈美です! キャシーじゃありません! というかもう意味わかんねぇよ、もうわかんねぇよ! もうわかんねぇよぉぉぉお!」
夜の街、一晩の夜遊びにふける男と女のラプソディー、また一人不幸な女性が嘆きの鐘をかき鳴らす。
嘆きの鐘がかき鳴らされる時、それは深遠に近づく一時のメロディー。そこに立つのは英雄か、はたまた……。