老後働きアリ、キリギリスと遊ぶ
投資や積立て、それに退職金で俺の老後プランは大成功のはずだった。
「何でや……」
定年退職後、数年はよかった。現役時代に貯めたお金もあった。子供たちは独立していたし、理想通りの老後生活を送れると思っていたのに。
「お父さん。いい加減、どっか出かけてくださいよ。家にずっといられるとこっちの息が詰まります」
嫁に煙たがられた。なぜだ?
「お父さんは根っからの働きアリなんだよ。ずっと家にいたら腐るって。仕事したら?」
子供はそんなことも勧めてきた。
「ちなみに僕は毎日副業もやってるし、貯金もいっぱいあるよ。あぁ、ちゃんと老後に備えないと。お父さんを見本にしてよかった」
本当か?
俺は毎日毎日、ずっと家にいて退屈。若い頃からキリキリと貯金もしていた。これと言って趣味もない。お金の使い方も正直わからない。要するに無気力。同年代の働きアリもそんな調子だ。友達に会うとさらに気が滅入った。
「俺は何のために貯蓄し、投資や積み立てを頑張ったんだろう?」
家で一人、通帳を眺める。十分な貯蓄だ。絶対に路頭に迷うことはない金額だが、その数字を見ているだけで、心は灰色に染まってしまう。
「お金あっても死後に持っていけんもんな……」
どうせ暇だし、終活もやってみた。不用品を売りに行った。若い頃に嗜んでいたギターだったが、ビール一本分にもならない金額だった。
「うちら、働きアリ界隈はずーっと不況なんです。みんな将来が心配で節約、貯金、投資なんかをやってるから市場にお金が回らないんだわ」
中古屋の主人は嘆いていた。確かにそうかもしれない。
「おじさん、だったらそのギター、俺が買い取っていい?」
帰ろうと思った時だ。目の前にキリギリス族がいた。まだ若いキリギリスだ。なぜ働きアリ界隈へ?
謎だ。キリギリス族は基本的に遊び人。最近では労働も全部AI化してしまい、歌ったり踊ったりして過ごしているキリギリス族が多いらしい。
「俺、古いギターを探してるんだよ。ちょっとプレミアついてるやつじゃん? 売ってよ」
馴れ馴れしい話し方にもイラッとしたが、なんと定価以上の金額も提示してきた。これには心が揺れる。所詮、働きアリの俺だ。金にも弱い。
「わかったよ」
「わーい、おじさん。ありがとう。って言うか、おじさんって暇そう。俺と遊ばね?」
「は?」
「遊ぼうよ!」
馴れ馴れしい上に遊びの誘いか。アリ界隈の若者はしっかり者が多いのに、今時のキリギリス族ときたら。
「いいじゃん。どうせ暇だったら遊ベばいいじゃん」
キリギリスは俺の腕をつかみ、ほぼ無理矢理連れ出してしまった。断れない。なんだ、新種の詐欺か。
といっても連れていかれたのは、焼肉屋。しかも食べ放題の安いところ。
「この店、コスパが最高じゃね?」
キリギリスは焼肉を味わうと、ニコニコと笑顔だ。
「ふん。何がコスパだよ」
口ではそう言っていたが、値段の割には確かにうまい。接客も丁寧だし、パフェや寿司なんかも食べ放題。
「おじさん、美味しい?」
「いや、普通だな」
思えばこんな風に自由に食べ放題したのも初めてだった気がする。将来の健康が気になり、結婚記念日も玄米ご飯と焼き魚で良いと言い、嫁の不満顔は忘れられない。
「食ったー。次はスーパー銭湯行こうぜ!」
「はぁー? まだいくの?」
呆れてきたが、まあ、ここまで来たら付き合ってもいいか。どうやら新種の詐欺では無さそうだし。
「おじさん、見てよ。ここ、フィンランド式のサウナまである!」
「おいおい、そんなはしゃぐなよ」
テンションが高いキリギリスに呆れつつも、一緒にサウナに入った。入った瞬間から汗だくだ。
「というか、キリギリスくん。そんな遊んでばっかりでいいのか? 仕事は何をしているんだよ」
「仕事? 全部AIで自動化して、俺は毎日作曲とゲーム配信して遊んでる」
「はー?」
「大丈夫。配信でファンからお金もらってるし」
「意味がわからない」
それでもこのキリギリスにファンがいるのも分かる気がした。見ていると、こっちまで元気がうつってくる感じはする。働きアリ界隈には絶対にいないタイプだ。
それに……。焼肉屋やスーパー銭湯にお金を落とす意味も考えていた。今までだったら節約して絶対に使わないお金だったが、そこには働いている人もいる。お金を落とせば誰かは確実に潤う。働きアリ界隈が経済的に苦しくなっているのは、もしかしたら自業自得ってやつかもしれない。
「おじさん、何考えてんのー?」
「いや」
「サウナ出たらさー、次はライブ行かね?」
「はー?」
ライブとは予想外。まあ、そういうのも慣れてきた。案外、いやじゃない。キリギリスの笑顔を横で見るのも。いつのまにか夜になっていたのに、時間の長さを感じない。
それにライブハウスではアコースティックギターのミュージシャンで俺にも聞きやすい。てっきりキリギリス族が好きそうなロック系かと思ったのに。
「あなたとはさよならで〜♪」
別れの曲を聞いていたら、しんみりとした。隣のキリギリスの目も潤んでる。珍しく笑顔が消えていた。
「俺の父ちゃん、キリギリス族のくせに将来が心配だからって働きすぎて死んだんだよなぁ」
ライブからの帰り道、キリギリスがぽつりとつぶやいた。今夜は月が大きく、星も輝いていた。
「おじさんも俺の父ちゃんに似てるなぁって思ってさ。思わず声かけた」
「そうか……」
ギターの件は口実で、実際はほとんど値打ちがないものだったらしい。
「仕事よりも俺や母ちゃんと遊んでいて欲しかったなぁ……」
キリギリスの声は少し枯れていた。
「そうか……」
「うん。ねえ、おじさん。また一緒に遊んでもいい? 今度はしゃぶしゃぶでも食べたいわけ」
夜空は星がきらめいてきた。
「いいんじゃない?」
俺は笑って頷いていた。まあ、どうせ暇だし、老後はキリギリスと遊ぶぐらいの余裕はある。




