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赤い涙  作者: 神山 備
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感情の坩堝(後編)

 教室を出た後、ため息を一つ落とすと昂は保健室に向かった。

「すいません、気分悪いんでちょっと寝かしてください」

保健室の扉を開けた昂は、椅子に座っている養護教諭、加藤尚子にそう告げた。

「理数科の子やね」

「二年の、根元です」

「で、君も徹夜組なん」

尚子は軽くため息をつきながら、昂にそう聞いた。

「いえ……」

「まぁ、とにかく熱だけ測って」

そういうと、尚子は抽斗から体温計を取り出した。昂は黙ってそれを受け取ると、着ていたブレザーを脱いで、二つあるベッドの手前のベッドに座った。奥のベッドには既に先約がいて、カーテンが閉められていたからだ。どうせ単位に引っかからない程度で、受験に関係ないか科目に仮眠を決め込んでいる輩がいるのだろう。

 昂が閉められたカーテンをぼんやりと見ていると、

「私から言わせたら、あんたたちちょっと勉強のしすぎなんやに。もっと遊びない」

尚子はそう言って笑った。


 その時、カーテンの奥から不意に“声”が飛んできた。

(そんなこと言うんやったら、尚子先生が俺と遊んでくれるんか?)

奥のベッドの主は、どうもこの加藤尚子が目当てだったようだ。彼は心の中で尚子を裸にし、傅かせ弄び始めた。本来、妄想するのは個人の勝手なのだろうが、聞こえてしまう昂はたまったものではない。たとえ想像の世界でも、他人の“濡れ場”になんか関わりたくはない。昂はそうしたところで聞こえなくなるはずもないのに、無意識に耳をふさいで蹲っていた。

「どうしたん?震えてるけど、寒いのん?」

昂の様子を見て、心配した尚子が昂の顔を覗き込んだ。その時、体温計が計測終了を告げる電子音を鳴らした。

「熱はないみたいやけど。後で出てくるかもしれんわね」

昂から体温計を受け取った尚子は、熱のないのを確認してそう言った。


「俺、やっぱり帰って寝ます」

一旦は横になったものの、昂は再び立ちあがって、ブレザーを着こんだ。尚子が昂を心配する様子を聞いて、件の先約からはカーテン越しに、昂を罵倒する声と、昂に見せつける形で尚子を凌辱する“声”が鳴り響いていた。このまま、欲情の垂れ流しに付き合うのはまっぴらごめんだ。

「じゃぁ、しんどいんやったら、お家の人に迎えに来てもらう?」

続いてそう言った尚子に、昂は頭を振った。

「ウチ両方とも仕事やし、自転車やから……」

確かにそれはそうなのだが、こういう理由では迎えに来てもらいたくないのだ。


 昂の母は、昂がテレパスだということを知っている。そんな彼を母は怖がっている。小学生の頃、彼のシールドはまだ未熟で他人の感情に振り回されて体調を崩すことがよくあった。

『この子は人の心の中まで見ている』

『私の心も見ている、怖い』

迎えに来た時必ず浴びせかけられる、そんな怯えた彼女の“声”をもう聞きたくはない。

「一時間目が終わったら担任に連絡するから、それから帰りね」

そんな昂に尚子はそう返した。

(まだしばらくは、この空気の中におらんなあかんのか……)

昂はベッドの縁に座ってため息をついた。



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