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赤い涙  作者: 神山 備
14/15

色とりどりの墓標

 あれから半年して春、かつて笹川家があった場所に樹の好きだった花が咲いた。この色とりどりの花たちだけが昂に樹が確かにいたことを教える。凛と空を向いて咲くそれらは、まるで無記名の墓標のようだ。昂は静かに手を合わせ、首を垂れる。


「何しとんねん、お前」

「何って、それは……」

振りかえるとそこには一成がいた。一成は思いつめた様子で坂を昇る昂を、図書館に行こうとしていたところで発見して、後を追ってきたのだ。

「その……きれいやなと思て」

「お前、きれいなもん見たら仏さんみたいに頭下げるんか」

しどろもどろで返した昂に一成はそう言って笑った。同時に(お前ホンマはとっくに記憶戻っとんのやろ)と“聞こえて”、昂はドキッとした。


 そう、昏睡状態から目覚めた直後は全ての記憶を手離した昂だったが、それはほどなく彼の許に戻ってきた。だが、彼はその後も記憶喪失のフリを続けた。

 記憶が戻ったと判ると周りは昂に事の顛末を執拗に尋ねてくるだろう。未来人に機械の少女……たとえそれが真実であっても、そんな荒唐無稽な話を誰が信じるだろう。

 それに、自分が拒否し続けたために息子が立ち直れないほどの傷を付けたと思っている母の気持ちを解放してやるには、昂は全て―持っている能力も―リセットする必要があったのだ。


「やっぱり、それって女なんか?」

昂が黙っていると、一成は続けてそう言った。(根元、お前絶対、何か隠してるやろ。一体誰を庇てんねんや)

それに昂は静かに頷いた。何故だか、一成には話せる範囲で話したい。そういう気持ちになっていた。

「そや。笹川樹ちゃん、半年前までここに住んどった。」

一成は驚いて辺りを見回した。今は野には少し似つかわしくない花が咲いているだけの山の道端だ。

「ほな、あの事件の時、ホンマはその子と一緒におったんか?」

「あれは事件やない、全部俺が悪いんさ。俺な、その2〜3日前から風邪引いてたんさぁ。せやから移さんように家に行かんようにしてたんさ。そしたら、樹ちゃん心配してさ、雨の中俺の家まで行こうとしたんさ。」

「けど、何でそれがお前が悪いって話になるねん。カレシが風邪ひいとったら見舞いにぐらい普通行くやろ。」

その一成の言葉に昂は頭を振った。

「樹ちゃんの方がもっと重い病気で、もういつまでもつかわからん状態やったんさ……」

一成の息を呑む音が聞こえる。

「せやから、風邪移したなかっただけやのに……やっと見つけた時には樹ちゃんはもう……俺が樹ちゃんを殺したんやと思たら、いても立ってもいてられへんかった。ほんで樹ちゃんのお兄さんが止めるのも聞かんと雨の中飛び出したんさ。できることなら一緒に死にたかった、全部忘れてしまいたかったんさ……そしたら、気付いた時からしばらくはホンマに記憶がなかった」

震えながら絞り出すように告白する昂に一成は一瞬言葉を失ったが、気を取り直して、

「アホな、一緒に死んでどないすんねん! 死んでもその子が喜ぶかいっ!! 生きててほしいから、心配して見舞いに行こうと思たんやろな! それに、お前がその子忘れたら、その子が生きてくとこが一つ減るやろ」

と怒鳴った。一成は昂が少し捻じ曲げた告白を聞いて、心から樹の事を悲しんでくれていた。


「それで記憶喪失か。まぁ、ええわ。お前ホンマにアホやな」

「アホで悪いか」

一成の言葉に昂はぼそっとうそぶいた。

「そんなに自分を壊してまうまでみんなに気遣わんでええんやに。悲しかったら泣いたらええんさ。ホンマ、優等生は泣き方もしらんのな」

「ゆ、優等生って言うな」

「ぶっ倒れて戻って来てすぐの公開模試で、一桁取れるお前のどこが優等生ちゃうねん。」

「勉強だけできてもしゃぁない」

「お前が言うといやみに聞こえるわ。けど、次は助けたいんやろ」

一成はあの後、急に猛勉強を始めた昂を、樹のような病気の者を救うのに医者を目指しているのだと解釈したのだ。

(ちょっと違うけど、似たようなもんかな)

昂は軽く笑んで頷いた。昂の胸に口には出さない一成のエールが“聞こえる”。

 昂は自分の能力を初めて好きになれるような気がした。


「ありがとう……安田、お前意外とええ奴やな」

そう言った昂の眼からこぼれる大粒の涙。それに気付いた一成は、軽く驚いた後照れながら昂にデコピンを食らわせて言った。

「なんや、今頃気ついたんか? せやけど、意外とは余計や、俺は最初からええ奴なんやに」

「それ、自分で言うたら値打ちないやん」

「自分が言わな誰が言うねんな」

昂がお返しのデコピンをしようとすると、一成はそう言いながら察してするりと逃げた。

(そうか、“聞こえ”やんでも、人は相手の気持ちを大事にすることで相手に近づくことができるんや。何でそんな簡単なことに、今まで気付かんかったんやろ)

「お前、逃げんなや」

そんな一成を笑いながら追いかける昂の心に春の風が吹いていた。


 翌年、アメリカのM大学に合格した昂は、後年ロボット工学の第一人者と呼ばれるようになった。

 

 そして、いつか本当の“樹”に会える日まで……昂は、今日も研究を続ける。


                           −Fin− 



 



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