第89話 土曜日の夜:帰り道の公園で――“未来”の約束(航平サイド)
閉店後。
美月を迎えに来た航平は、豊から渡された個展の招待状を胸ポケットにしまいながら、ひと足遅れて店を出た。
(……美月には、来週まで内緒か)
豊の表情はどこか決意めいていた。
ここから先は、父としての覚悟が関わるのだと、航平も直感で分かった。
通りの角、小さな公園の前で、夜風に髪を揺らす美月が待っていた。
「……お待たせ」
声をかけると、美月はふわっと笑った。
その笑顔が、胸の奥の何かを優しくほどいていく。
二人きりの帰り道。
手をつなぎながら歩いていると、美月の指先が少し震えているのに気づいた。
「どうしたの?」
「……あのね、航平さん」
立ち止まり、そっと彼の袖をつまむ。
「今朝の……“毎日一緒にいたい”って言葉……すごく、嬉しかった」
思い出すように目を伏せ、頬が赤くなる。
(……かわいいな)
たまらなくて、公園のベンチへゆっくり促した。
二人で並んで腰を下ろすと、街灯が淡く照らす。
そして、美月が小さな声で言った。
「……私ね。航平さんと一緒にいたい。
……これからも、ずっと」
その言葉が胸に深く落ちる。
けれど航平の胸には、ひとつだけ確かめたい気持ちがあった。
「……美月」
手を包みながら、正面から見つめる。
「“一緒にいたい”って……
同じ家で、って意味でも……大丈夫?」
美月の肩が一瞬びくっと揺れた。
言葉の重さをきちんと理解した反応。
でも――
彼女は、ゆっくりと、強く頷いた。
「……大丈夫。
だって、一緒に生きたいって……思ったから」
その瞬間、航平は呼吸を忘れた。
(……ああ、ダメだ。
もう、離したくない)
気づいた時には、美月をそっと引き寄せていた。
静かな公園。
街灯と冬の匂い。
そして、そっと触れる唇。
甘くて、温かくて、未来の味がした。




