第85話 ふたりの朝が始まる(航平の部屋)
目を覚ました瞬間、
美月はしばらく天井を見つめた。
(……ここ、航平さんの部屋……)
ゆっくり横を向くと、
まだ薄暗い部屋の中で、航平が穏やかな寝息を立てていた。
昨夜のことを思い出し、
胸がじんわり熱くなる。
(……幸せすぎて、なんか怖い……)
けれど、怖さよりも、
胸いっぱいに広がる幸福の方がずっと大きかった。
そっと身体を起こそうとした時──
「……起きた?」
低くて、まだ眠たげな航平の声。
美月はビクッとして振り返る。
「お、おはようございます……」
「おはよう、美月」
ベッドの端で微笑まれただけで、
胸が跳ねる。
「……コーヒー淹れる。待ってて」
無造作に髪を手で整えながら、
航平はキッチンへ向かった。
キッチンから聞こえる食器の音。
コーヒーが立ちのぼる香り。
優しい朝の光。
すべてが、
“2人の朝” をゆっくりと形にしていく。
(……一緒に、朝ごはん作るって、こんなに幸せなんだ)
美月はキッチンに顔を出した。
「何か手伝います!」
「うん、じゃあ……これ、混ぜて」
卵をといて、サラダを盛りつけて、
トーストを焼く。
それだけなのに、
まるで夫婦みたいだと思えてしまう。
「……楽しいな」
航平がぽつりと言った。
「え?」
「朝、美月がいるの。すごく……嬉しい」
その言葉に、美月の胸が一気に熱くなる。
「私も……うれしいです」
言葉が自然と落ちる。
食卓に並んだ、簡単な朝ごはん。
卵、サラダ、トースト、コーヒー。
それだけなのに、
一緒に食べるとこんなに美味しい。
「……あ、そういえば」
美月は思い出したように口を開いた。
「昨日の夜、お父さんが……変なこと言ってました」
「変なこと?」
航平がコーヒーを飲みながら訊く。
「木曜の夜……
“もうすぐ特別な金曜日じゃなくなるんだろうな” って……」
少し照れながら話す美月。
航平はゆっくり微笑んだ。
「豊さん、気づいてたんだな」
「気づいて……?」
「美月と俺が、特別になっていくこと」
コーヒーカップを置き、
美月の手をそっと包む。
「……美月。
俺、本当に……君と生きたいと思ってる」
目をそらせない距離で言われ、
身体が震える。
「これからも、毎週じゃなくて……毎日一緒にいたい」
(……毎日……)
その響きに胸がぎゅっとなる。
「……はい」
小さく頷くと、
航平の目が柔らかく細くなった。
まるで、それだけで十分と言うように。
朝の光が、
2人の時間をゆっくり満たす。
“恋人”という言葉の意味が、
静かに、でも確かに、深まっていく朝だった。




