表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妄想恋愛ばかりしていたら、金曜日に本物がきた。  作者: つなかん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

89/113

第83話 金曜日前夜:胸の奥に落ちた一つの名前(美月サイド)

木曜日の閉店後。

 店の灯りをすべて落として、豊が裏の棚を整理していた。


「……お父さん、今日は早く帰るの?」


「まあな。ちょっと探し物だ」


 美月はカウンターを拭きながら、ぼんやりと明日のことを考えていた。


(金曜日……航平さん、来るよね)


 そのだけで胸が温かくなった瞬間──


 パサッ。


 裏の棚の奥から、何かが落ちる音がした。


「っと……なんだこれ」


 豊が拾い上げたのは、

 白い厚紙の封筒だった。


 きれいな封筒。

 誰かの筆跡で書かれた文字。


 豊が一瞬、手を止めた。


(……なんだろう、あの封筒)


 気になって近づくと、

 豊は咄嗟にそれを胸の前へ隠すように持った。


「お、おい。これは……しまっておくやつだ」


 妙に慌てた声。

 父のそういう態度を、私はほとんど見たことがない。


「なに、それ……?」


「たいしたもんじゃない」


 即答。

 でも、声の端にわずかな震え。


(……嘘だ。何かある)


 カウンターの上に戻りながら、

 美月は父の手元を見つめていた。


 豊は封筒を棚の引き出しにしまい、鍵までかけた。


(鍵まで……?)


 胸の奥で小さく引っかかりが生まれる。


「……ねぇ、お父さん」


「ん?」


「さっきの封筒、誰から?」


 豊はほんの一瞬だけ、返事を止めた。


 その間が、妙に長く感じた。


「……芦屋だ」


「……え?」


 思わず聞き返した。


「だ……誰……?」


 芦屋──

 聞き覚えはない。


 でもどこかで

 最近心に影を落とした“誰か”を思い出す。


(……この前の金曜日に来た、あの人?)


 胸がざわつく。


「芦屋って……あの時、店に来た人?」


 豊は目を合わせず、静かに頷いた。


「そうだ。昔の知り合いだ」


 それだけを言い、

 それ以上は語ろうとしなかった。


 だけど──

 気づいてしまった。


(お父さん……この話、したくないんだ)


 いつもなら何でも話してくれるのに。

 その豊が沈黙でふたをしたのは初めて。


 私は何も言えず、ただ見つめるだけだった。


 引き出しにしまわれた封筒。

 芦屋という名前。

 そして、謎めいた父の沈黙。


(なに……隠してるの?)


 金曜日前夜の夜は、

 静かに、でも確実に胸の奥をざわつかせた。


 恋の前夜なのに──

 胸に落ちたのは、知らない男の名前だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ