79話 日曜日の夜:父と男の本気の話(豊 × 航平)
日曜日の夕方。
霊園での墓参りを終え、美月と航平は駅前で昼食を取り、そのまま夕方前には別れた。
「じゃあ、また明日」
そう言った美月の笑顔がずっと残っている。
別れた後の余韻が胸を温かくしながらも──胸の奥ではもうひとつ別の熱が静かに動いていた。
(……今日言うべきだ)
気持ちの整理をつける暇もなく、航平はその足で「Bar Toyo」の扉を押した。
カラン……。
「……お前、今日はデートの帰りか?」
仕込みを終えた豊がカウンターでタオルを畳みながら、にやっとしない絶妙な表情で出迎えた。
「はい。その帰りで……ちょっと、話があって」
「まさか……“結婚します” とか言い出すんじゃねぇだろうな」
冗談めかした豊の言葉に、航平は──一瞬だけ真剣に目を伏せた。
その表情を見た瞬間。
豊の喉が、ごくりと鳴った。
「……マジか?」
「いえ。まだ付き合い始めたばかりです。
すぐに、というわけじゃありません」
航平は、まっすぐ豊を見た。
「でも──いずれ美月さんとは結婚したいと思っています」
その言葉には、躊躇も飾りもなかった。
豊はカウンターの縁をそっと指で叩き、ふぅ、と小さく息を吐く。
(……ついに来たか)
覚悟をしていたはずなのに。
いざ聞くと、胸の奥のどこかがきゅっと締まる。
でも同時に、安心もしていた。
「……それともうひとつ、言わないといけないことがあって」
「まだなんかあるのか」
豊が眉をあげる。
「……美月さんと、一緒に住みたいんです」
航平の声は震えているようで、震えていなかった。
覚悟を決めた男の声だった。
「いや……彼女の気持ちはまだ分かりません。
美月さんは、同棲なんて嫌かもしれないし……」
「嫌なわけないだろ」
豊は、まるで“何を言ってんだこいつは”とでも言いたげに、呆れた眼を向けた。
「……え?」
「美月はな、泣いて喜ぶぞ。たぶん」
「……泣きます、か?」
「あぁ。あの子はそういう子だ」
豊はゆっくりとグラスを拭きながら、静かに続けた。
「航平、お前が覚悟決めてくれたことには……感謝してる。
だがな」
視線がまっすぐに航平を射抜く。
「これは“俺が口出しすること”じゃねぇ。
美月の人生は、美月のもんだ。
お前らが決めろ」
背中を押すようでいて、線は越えない。
豊という男らしい言い方だった。
航平は胸の奥がじんわり熱くなるのを感じながら、深くうなずいた。
「……ありがとうございます」
そのあと、静かに店を出る航平の背中は、少しだけ震えていた。
緊張と、安堵と、決意の入り混じった震え。
その数分後。
カラン……。
「お疲れ様、お父さん。今日のお酒のメニューだけど──」
美月が、仕事の顔になって店に入ってきた。
「……おう」
豊は心の中で苦笑した。
(こりゃあ……案外早く、結婚の話が来るかもしれねぇな)
美月はまだ何も知らずに、今日も店の準備に取りかかる。
変わらない夜。
けれど豊の胸の中だけは、静かに未来が動き始めていた。




