78話 日曜日:指先よりも近い距離へ(墓参りの帰り道)
霊園を出て少し歩いたところで、
豊は「先に行くぞ」とだけ言って、
人の流れに紛れるように前を歩いていった。
美月と航平は、自然と二人だけの並びになる。
日曜の昼前。
冬の陽射しが淡く、頬に触れる風がやさしかった。
「……お父さん、相変わらずだね」
美月が小さく笑うと、
隣で歩く航平もふっと口元を緩めた。
「うん。ああいうとこ、好きだけどな。
美月のこと、大事にしてるのわかるし」
「過保護だよ……」
「そりゃ、あれだけ可愛い娘なら過保護にもなるだろ」
「か、可愛いって……」
美月が足を止めかけると、航平はすぐに立ち止まり、
横顔に視線を落とした。
「俺、ほんとにそう思ってるよ。
……今日みたいな顔、特に」
「今日の顔……?」
「うん。なんか……柔らかいっていうか。
お母さんに会いに来て、
ちょっと寂しそうで、でも強くて。
……その全部がすごく綺麗だった」
まっすぐ言われると、胸の奥がきゅっと温かくなる。
(そんなふうに……見てくれてたんだ)
風が吹き、二人の髪を揺らした。
いつもの駅までの道なのに、
不思議と景色が変わって見える。
数歩歩いたところで、
航平が言葉を探すように息を吸った。
「……来てよかった」
その一言は、思っていたよりも深い声だった。
「え?」
「豊さんから“墓参りに行く”って聞いた時……
行っていいのか、正直迷ったよ」
航平は視線を前に向けたまま続けた。
「でもさ……美月の大事な人を、
ちゃんと知りたいって思ったんだ。
大事にしたいなら、避けちゃいけないかなって」
その言葉は、
握った手より温かくて、胸の奥まで沁みた。
(……そう思って来てくれたんだ)
「……ありがとう」
美月が言うと、航平は少し照れたように笑った。
「ううん。こっちこそ。
……お母さんのこと、もっと聞きたいなって思った」
「うん、たくさん話すよ」
自然と、二人の距離がまた少し縮まる。
駅まであと少しというところで、
美月はそっと小さく言った。
「……来てくれて嬉しかった」
航平は歩みを緩め、美月の顔を見つめた。
「ほんと?」
「ほんと。
だって……私、お母さんに、“こういう人です”って、
ちゃんと紹介できた気がしたから」
「……そうか」
目を伏せた航平の横顔は、
どこか安心したようで、
それでいて胸の奥にそっと響く表情をしていた。
その横顔に、美月は小さく笑う。
「航平さん」
「ん?」
「……お母さんも、きっと好きだと思う。
航平さんみたいな人」
その瞬間、
航平の足が止まった。
そして静かに、美月の手を取った。
人通りの少ない道の真ん中で。
握りしめるでもなく、
ただ「離したくない」という温度だけを伝えるように。
「……そう言われると、すごく嬉しい」
低く落ちる声が、
風よりも甘く耳に落ちた。
「美月。
……ちゃんと、これからも隣にいさせて」
それは告白ではなく、
約束を求めるような確かな言葉だった。
美月は、そっと指を絡め返す。
「うん。いようね、これからも」
二人の影が並んで伸びる。
その距離は、
指先より近く、
心より深くなっていった。




