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妄想恋愛ばかりしていたら、金曜日に本物がきた。  作者: つなかん


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第70話 Gallery Night:未完成の肖像と、動き出す過去(芦屋サイド)

展示会の最終準備が一段落し、

 スタッフがすべて帰ったあと——

 画廊には静かな空気だけが残っていた。


 芦屋健司は、照明を少し落としながら

 ゆっくり展示室の奥へ歩いていく。


 一般客には見せていない区画。

 “完成していない作品”を置いている場所。


 そこに——

 まだカバーのかかった、大きめのキャンバスが立てかけられていた。


 手を伸ばし、布をそっと外す。


 現れる。


 玲子の肖像画。


(……相変わらず、ここで止まったままだ)


 未完成のままの筆跡。

 柔らかい瞳の輪郭だけが丁寧に描かれている。


 玲子が病気の経過を感じながらも、

 最後に健司へ「描いてほしい」と頼んだ絵。


 彼は絵を見つめながら、

 低く、自分だけに聞こえる声で呟いた。


「……美月は、あの子の面影が本当に強いな」


 今日、豊が訪れた時の光景が鮮明によみがえる。


 豊の目の奥には、

 “守り続けてきた娘を他人に預けたくない”

 そんな強い色があった。


(俺は……あの頃、本気で美月ちゃんを欲しいと思っていた)


 理由はひとつ。


 友梨と自分には子ができなかった。

 治療は痛ましいほど続き、

 友梨は心も体も疲れ果ててしまった。


 自分のせいだと思った。

 何度も。


 そんな時に、美月が生まれた。


 玲子にそっくりで、

 無邪気に笑いかけてくれるあの子が、

 まるで救いのように思えた。


(……愚かだったな、俺は)


 豊と玲子を傷つけ、

 友梨もさらに苦しめた。


 誰も救えなかった。


 その事実は、今も胸に重く沈む。


 だが——


「……それでも、美月ちゃんの成長を見た時は……嬉しかった」


 自分が失ったものでも、

 奪いたかったものでもなく、


 “ちゃんと豊さんと玲子さんの子として、幸せに育った少女”を

 この目で確認できたのが、救いだった。


(変わらないままでいるのは……俺だけか)


 ふ、と微笑む。

 けれどその笑みは、少しだけ泣き出しそうな色を含んでいた。


 カバーをそっと戻し、

 展示室の灯をひとつずつ消していく。


「……そろそろ、終わりにしないとな」


 玲子の絵を完成させる。

 その決意が、ゆっくり胸に芽生えていた。


 ただの義妹じゃない。

 ただの昔の記憶でもない。


 彼自身の“再生”は、

 あの未完成の瞳から始めるべきだと、

 今日はっきり気づいた。




 画廊を出て、

 鍵を閉め、夜の通りへ歩き出す。


 冷たい風が吹き抜けた。


(豊さん……美月ちゃんと話したな)


 今日の豊の表情には、

 どこか“父親としての覚悟”があった。


 あの娘を守りながら、

 でも恋を邪魔しない距離。


(……少し羨ましいな)


 健司は小さく笑った。


 今の自分に、

 そんな守るべき存在はもういない。


 けれど——

 だからこそ、再び前に進む時なのだと感じた。




 その頃。


 豊は自宅のソファに腰を下ろし、

 迷いながらもスマホを開いた。


 連絡先をスクロール。


 指が、ある名前の上で止まる。


 “友梨”


(……お前にも、知らせておくべきだな)


 深く息を吸い、通話ボタンを押す。


「もしもし、友梨か。俺だ……豊だ」


 静かな夜に、

 再び動き始めた“過去”の扉が、

 静かに開かれていった。


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