第67話 Thursday Night:金曜日じゃなくても、特別な日
帰り道の夜風は少し冷たくて、
けれど二人の歩幅は自然とそろっていた。
街灯がぽつぽつと続く歩道。
並んで歩く美月と航平の前を、
軽やかに笑い合う若いカップルが通り過ぎていく。
手を繋ぎ、
耳元でほとんど秘密みたいな声で囁き合っている。
「……可愛いね、あの子たち」
美月が少し照れたように笑うと、
航平は横目でそのカップルを見て、
ふっと口元をゆるめた。
「若いね。二十代かな」
「うん……」
その瞬間、
美月の胸に“昨夜”の記憶がふわっと蘇る。
触れあった温度。
重なった吐息。
“恋人”として初めて過ごした夜。
ついさっきまで、
自分たちもそんなふうに甘い言葉を交わしていたのだと思い出すと、
頬が自然に熱くなった。
美月の横顔を見た航平の視線が柔らかくなる。
「……思い出してるでしょ」
小さく囁く声に、
美月は肩を震わせて目をそらした。
「べ、べつに……」
「嘘。顔に出てる」
「航平さんだって……」
その言葉に、
航平は少し照れたように鼻を鳴らして笑う。
昨夜の余韻は二人とも、
まだ胸の内にそっと抱いていた。
ふと、美月が立ち止まり、
夜空を見上げた。
「ねぇ……明日は金曜日だね」
「うん」
「……でもね、
もう“金曜日”じゃなくても良くなっちゃった」
航平は動きを止め、美月を見る。
美月は微笑んだ。
恥ずかしそうに、でも確かな気持ちで。
「金曜日が特別な日じゃなくてもいいの。
だって……」
少し息を整えて、続けた。
「……毎日が特別だなって思えるから」
その言葉は、
ささやきより静かで、
祈りより温かかった。
航平は胸の奥がぎゅっと締めつけられるのを感じた。
少し視線を落とし、
ゆっくり美月に向き直る。
「……そっか」
そして微笑んだ。
「じゃあ……金曜日の男は」
美月が顔をあげる。
「美月“だけ”の男になったんだね」
その声は穏やかで、
でもどこか勝ち誇ったようでもあった。
「っ……!」
美月の胸が甘く震える。
次の瞬間。
航平がそっと手を伸ばし、
美月を自分の胸の前へ引き寄せた。
「……キス、していい?」
聞くまでもない問い。
「……うん」
夜の歩道で交わされたキスは、
昨日よりも深くて、
恋人同士の確信をそっと刻むようだった。
唇が離れたあと、
二人はまた自然と指を絡めて歩き出す。
明日は金曜日。
だけど──
金曜日だけ特別だった日々はもう終わった。
“毎日が特別”になっていく予感が、
二人の足取りをそっと軽くしていた。




