第63話 Wednesday Night:あなたを抱きしめた夜
少しだけ性的描写があります。
苦手な方はスキップで大丈夫です。
内容は初めて結ばれる2人です。
美月のマンションの部屋には
まだ灯りがついていなかった。
玄関のドアを閉めた瞬間から、
ふたりの呼吸だけが、静かに部屋に落ちてゆく。
橘航平は、美月がスイッチに伸ばした指をそっと掴んだ。
「……そのままでいい」
暗闇になじむ低い声。
美月の胸は一気に熱を帯びる。
その手を離さず、航平は背中から美月を抱き寄せた。
腕の力は、今までにないほど確かで、迷いがなかった。
美月は息を呑む。
まるで大切なものを拾い上げるように、航平の指先が腰に触れる。
「……ずっと、こうしたかった」
耳元に落ちる声は震えていて、
抑えていた想いが滲んでいた。
美月はゆっくり振り返る。
暗闇の中でも、航平の目ははっきり分かった。
吸い寄せられるように近づき、
美月はそっと瞳を閉じた。
触れた瞬間に分かった。
“優しいだけのキス”ではなかった。
離れたくない。
確かめたい。
求めたい。
そうした想いが互いに伝わる、深い口づけだった。
腕の中の美月が、少しだけ震えていた。
航平はそっと唇を離し、額をくっつけた。
「怖くない?」
囁きは、限界ぎりぎりの優しさだった。
美月は首を小さく振る。
航平の胸に手を添え、そっとつぶやいた。
「……航平さんだから、大丈夫」
その一言で、航平の呼吸が乱れた。
「……そんなふうに言われたら……もう無理だよ」
抱きしめる腕の力が少し強くなる。
そのまま、美月の背中に触れ、髪をほどき、
指が触れるたびに美月の身体が静かに反応する。
美月もまた、航平のシャツを掴んで離さない。
暗闇の中で、お互いの温度と鼓動だけが確かなものだった。
ふたりはゆっくり、躊躇いなく、
同じ方向へと進んでいく。
どちらかが引いたら迷ってしまうような夜だった。
でも誰も引かない。
“恋人”という言葉の先にある、
もっと深い場所まで手を伸ばした夜。
雨の音も、外の世界も、何一つ届かない。
ただふたりの息だけが、静かに混ざり合っていった。




