第62話 Wednesday Night:離れたくない、離れられない
コンビニの袋を片手に、
ふたりは静かなマンションの廊下を歩いた。
雨の匂いがまだ少し残っていて、
階段の手すりがひんやりしている。
(……来ちゃった)
美月の胸は高鳴りすぎて、
呼吸を綺麗にできていなかった。
鍵を回す手が震える。
「どうしたの?」
航平が小さな声で問いかける。
「……緊張してるだけ」
「俺も。めちゃくちゃ」
──その言葉に、美月の胸が溶けた。
部屋のドアを開くと、
いつもと変わらないリビングに、航平の気配が混ざり込んだ。
(……変な感じ)
自分の世界に、
好きな人が立っている。
それだけで体の奥が熱くなる。
「電気……つけるね」
美月がスイッチに手を伸ばすと、
航平がその手首をそっと掴んだ。
「待って」
暗い部屋の中で、
航平の指先から伝わる体温が強烈だ。
「……こっちのほうが、今はいい」
囁いた声に、
美月の膝がわずかに震えた。
次の瞬間──
後ろから、航平の腕が美月の身体を包み込んだ。
静かな、深い、迷いのないバックハグ。
「……美月」
耳元で名前を呼ばれ、
心臓が跳ねる。
(好き……苦しい……でも、幸せ……)
美月は航平の手に触れ、
自分の胸の少し上にそっと添えた。
「……ドキドキしてる」
「うん。ずっと、してる」
航平の声が震えていた。
抱きしめる腕の力がゆっくり強くなっていき、
ふたりの体温がひとつに溶けていく。
「ねぇ……顔、見たい」
美月が振り返ると、
薄い光の中で航平の瞳が揺れていた。
一瞬だけ見つめ合い──
美月はゆっくり目を閉じた。
航平が唇を重ねた。
先日の“優しいキス”ではなかった。
噛みしめるような、離したくないと痛いほど伝わるキス。
「……美月」
名を呼ぶ声が、
熱を帯びて震えている。
美月の指先が航平のシャツを掴む。
(あ……止まらない)
二人の距離はもう、戻る場所を知らなかった。
ただ、愛しくて。
ただ、求めあって。
ただ、触れたいと思った。
暗い部屋の中で、
ふたりの影が静かに重なっていった。
次は2人の初めて結ばれるはなしです。
少し性的描写がありますが、大丈夫な程度には留めたのですが、苦手な方は読まなくても大丈夫です。




