第55話 Tuesday Night:恋バナの夜に、金曜日の男が現れる
火曜日の夜。
「Bar Toyo」は、平日の雰囲気とは思えないほど温かく賑やかだった。
山崎さん──“火曜日の男” が来る日。
いつも落ち着いた彼が、
今夜はどこか浮かれて見えた。
「でさ、豊さん。
先週のデートな? あれがまぁ……最高でさ」
「お、ついにデートまでこぎつけたか」
「こぎつけたって……言い方な!」
豊のからかいに、山崎さんが照れくさそうに笑った。
美月はカウンター越しで、
そのやりとりをわくわくしながら聞いていた。
(え……そんなことあったんだ……)
山崎さんの恋バナなんて、
今まで聞いたことがなかった。
「でね、美月ちゃん。
あの時渡したお守り、効いたんじゃないかって思ったわけよ」
「えっ……お守り?」
「うん! あれのおかげで一歩踏み出せた気がしてさ」
そう言って笑う山崎さんは、
大人なのにどこか少年っぽくて、
見ているこちらまで楽しくなる。
(なんか……いいな、こういうの)
今までの美月なら、
恋愛の会話は聞くだけで胸がきゅっと痛んだり、
どこか遠い世界の話に感じていた。
でも今は違う。
(だって……私も今、恋してる)
妄想でも、夢でもなく。
ちゃんと、現実で。
それがくすぐったくて、
嬉しくて、胸があたたかかった。
そんな時──
カラン……
ドアベルが鳴いた。
視線を向けた瞬間、
胸がぎゅっと跳ねる。
「こんばんは」
静かで優しい声。
橘航平。
“金曜日の男” が、火曜日の夜に現れた。
(……航平さん)
美月の胸は一瞬で熱くなる。
カウンターの空気が、
彼の登場だけでゆっくり色を変えていく。
「お、航平。今日は早いな」
豊が笑って言うと、
航平は少し照れたように首をかいた。
「ちょっと……寄りたくなっただけで」
(……寄りたくなった、だけ?)
それだけの言葉で、
胸がくすぐったく震えた。
店内に流れていた賑やかな会話が、
航平の柔らかな笑顔でふわっと中和される。
「賑わってますね」
「火曜日は恋バナの日でね」
豊が軽く返すと、
山崎さんがグラスを持ち上げて笑った。
「俺の話な! 美月ちゃん、めちゃ真剣に聞いてくれててさ」
「え、だって……楽しそうで……」
美月が慌てて言うと、
航平の視線がほんの少しだけ揺れた。
(……嫉妬、してる?)
そんな気配を感じて、
胸がじんわりと熱くなる。
美月がそっと航平に微笑むと、
航平の表情がふっと緩んだ。
(あ……かわいい……)
自分で思って頬が赤くなる。
店の空気はあたたかく、
けれど美月の胸の中だけは少しざわついていた。
(早く……近くで話したい)
山崎さんの恋バナで温まった心のまま、
航平への想いがさらに深く沈んでいく。
恋をしている。
その実感が、
今夜は特別に輝いていた。




