第52話 Monday Night:夜の帰り道に、初めて重なる“昔話”
夜の街は、風だけが穏やかに流れていた。
月曜の夜、店を早めに閉めた豊は、
美月を航平に任せるように、当然の顔で送り出した。
道路沿いを並んで歩きながら、
美月は頬がほんのり温かいまま、
時折こっそり航平の横顔を盗み見ていた。
沈黙は気まずくなかった。
むしろ、静けさが心地よかった。
「……そういえば」
ふいに、航平が歩みを少しだけ緩めた。
「美月、成人式の夜のこと……覚えてる?」
「え……成人式?」
思い出そうとすると、
胸の奥がむずがゆくなる。
「あの日、美月が初めて店に立った日だよ」
「あ……あれ……緊張しすぎて……全然覚えてない……
周りを見る余裕もなかった……」
美月は俯きながら、少し恥ずかしそうに笑った。
航平は、小さく息を吐く。
「覚えてなくて当然だよ。あの時……震えてたもんな」
「え!?震えてたの……?」
「うん。
注文聞くときに、メモ帳持つ手がちょっと揺れてた」
「うそ……恥ずかしい……」
美月が両手で顔を覆うと、
航平は穏やかに微笑んだ。
「……その時、俺は思ってたよ。
“可愛い妹みたいだな”って」
「妹……」
美月は、胸が少しだけ痛むようなくすぐったいような気持ちになった。
妹だなんて。
今では考えられない距離の言葉。
「でも……気づいたら、違ってた」
その言葉に、美月の足が止まりそうになる。
「え……」
視線を合わせようとした瞬間、
航平はふっと前を見たまま続けた。
「その頃は、俺、2ヶ月に一回くらいしか店に来てなかったんだよ。
でも……この一年は違った」
美月は、驚いたように目を瞬かせた。
「確かに……最近、すごく来てる……」
「それね」
航平は照れくさそうに後頭部をかいた。
「豊さんに“たまには顔出してやれよ”って言われてさ。
“美月に会うだけでもいいだろ”って」
「……え!?」
美月の胸に、何か熱いものが走る。
「あの人、全部知ってたから」
「知ってた……って……?」
航平は、少し困ったように笑った。
「……俺、美月のこと気になり始めてたから、
一年前に豊さんに話したんだ」
「────っ!」
美月の胸が大きく脈打った。
「嘘……だって……
私、全然……気づかなかった……」
「気づかせないようにしてたもん。
豊さんにも“急ぐな”って言われてたし」
そう言って航平は、美月の顔を優しく覗き込む。
「でも……金曜日は違った。
あの時の美月の顔、見た瞬間に……もう隠すの無理だと思った」
美月は、胸が熱くなるのを抑えられなかった。
「……私も」
少し震えた声で、美月は言う。
「お父さんが“航平さん来る”って言った日から……
なんでか分からないけど……すごく気になった」
そう正直に言った瞬間、
航平の目が驚いたように開いた。
「美月……」
その声は甘く、少し苦しげで。
「……じゃあ、やっぱり豊さんの手のひらかもしれないね」
「……うん。
絶対そうだよ……」
互いに苦笑して、
同時にため息をつく。
(……全部、お父さんに転がされてたんだ)
(……でも、そのおかげで)
二人の視線が、自然と同じ場所に落ちた。
「豊さんが後ろにいたから……
俺、夜の店でも安心して君を見てられたんだよ」
「……航平さん……」
美月の胸が、またきゅっと縮まる。
嬉しくて、
ありがたくて、
そして少し、切なかった。
「守ってくれて……ありがとう」
「守りたかったんだよ。
ずっと」
その言葉は、
夜の静けさの中で深く響き、
二人の距離をもう一段近づけた。




