第51話 Monday Night:小さな嫉妬と、確かな恋の形
月曜日の夜の「Bar Toyo」は、
いつもより静かで、落ち着いた空気が漂っていた。
店内には白石がひとり。
カウンターで美月と談笑している。
白石は穏やかで、落ち着いた物腰の男性だ。
彼女を必要以上に口説くタイプではないが、
“月曜日の男”としてそれなりに存在感はある。
その柔らかい笑い声に混じって、
店の扉のベルが鳴いた。
──カラン。
入ってきたのは橘航平。
美月を迎えに来たのだ。
(……早い)
豊がちらりと時計を見やり、
その早さに小さく笑った。
店に入った航平の視線が、
まっすぐ美月を見つける。
だがその途中で、
白石と、楽しそうに笑って話す美月の姿が目に入る。
一瞬だけ、
航平の胸の奥に小さなトゲのような感情が刺さった。
(……楽しそうだな)
白石の穏やかな笑顔。
気負わず、自然に話す美月。
(なんだ、この感じ……)
胸がざわつく。
けれど——
「……あっ」
美月が航平を見つけた瞬間、
表情が一気に変わった。
驚いたあと、
嬉しさが溢れ、
そして少し艶のある微笑みが浮かぶ。
その顔を見た瞬間。
航平が抱えていた“モヤ”は、
吹き飛ぶように消えた。
(……俺の顔を、そんなふうに……)
その微笑みだけで、胸が熱くなる。
「航平さん……!」
美月がカウンターから出て、
小走りで近づいてくる。
その仕草さえも愛おしいと感じるほど、
彼女の表情は柔らかく甘かった。
「お迎え……来てくれたんですね」
「……うん。ちょっと早いけど」
美月が嬉しそうに、ほんの少し照れたように微笑む。
白石は二人の空気を察し、
穏やかな表情でグラスを置いた。
「そろそろ帰ります。
また来ますね、美月さん」
「はい、また」
その声に、航平は軽く会釈する。
白石はそのまま立ち上がり、
豊の前に立つ。
「じゃあ、豊さん。また来週」
豊がふっと笑った。
「……白石。余計なことはすんなよ」
「……はは、言い方」
「釘は刺しといたからな。
あいつは金曜日の男だ」
白石は肩をすくめ、苦笑した。
「分かってるよ。
聞かなかったことにするよ、この会話」
そして出口の前で一度振り返り、
美月に向けて優しく言った。
「……彼氏、できてよかったね」
美月は顔を赤くして、
でも幸せそうに小さく頷いた。
「……はい」
白石が帰ると同時に、
店内の空気がふっと甘く変わった。
航平は美月を見つめ、
豊はグラスを拭きながらその様子を見守っている。
「安心しろよ、航平」
豊が低く言った。
「白石には……ちゃんと釘を刺してあるから」
全部分かっているという顔だ。
航平は苦笑を浮かべた。
「……ですよね。
本当に、全部見透かしてるなって思います」
「親だからな」
豊は笑う。
その笑いには、
遠回しな祝福と、
これからの二人を見守る強い優しさがあった。
二人が並んで店を出る時、
美月は少しだけ航平の袖をつまんだ。
控えめなのに、
はっきりと“嬉しい”が伝わる仕草だった。
外の空気に触れたとき、
航平はふっと息を吐いた。
(……来てよかった)
美月の笑顔のせいで、
心の中のモヤはすっかり溶けていた。
月曜日の夜は、
こうして静かに、
しかし確実に二人の距離を近づけていった。




