第50話 Monday:それぞれの胸の内に灯るもの
月曜日。
開店準備の手を動かしながらも、美月の表情はどこか柔らかかった。
その理由を、豊は聞かなくても分かっていた。
「……で? どうだったんだ、昨日は」
仕込みをしながら、豊がいつもの調子で聞く。
「え、えっと……その……」
美月は頬を赤くしながら、俯いた。
「……付き合うことになりました」
その言葉が落ちた瞬間。
豊は少しだけ目を丸くして──
すぐに、静かに口の端を上げた。
「……そうか。よかったな」
喜びと、ほんの少しの寂しさと、安堵と。
全部混ざったような声だった。
「お父さん……?」
「お前が自分の人生を歩いてくれるなら、それでいいんだ」
その言葉に、美月の胸がじんと熱くなる。
「……ありがとう」
豊は「ほれ、仕事しろ」と照れ隠しのように話を切った。
夜。
月曜の男──白石が店にやってきた。
いつものジントニックを受け取りながら、白石は豊を見た。
「なぁ豊さん。
ここの空気……なんか違うね?」
「そうか?」
「うん。
美月ちゃんが、なんか……恋してる顔だ」
豊はグラスを拭く手を止めて、肩をすくめた。
「そりゃそうだ。彼氏ができたからな」
「へぇ……」
白石の声がわずかに沈んだ。
「……金曜日のあの彼、だろ?」
「そうだ」
「そっか。
やっぱり、くっつくと思ってたよ」
白石は苦笑した。
「で、豊さん。
なんで俺に『邪魔するなよ』なんて言うの?」
豊はニヤリと笑う。
「お前はすぐ曖昧に笑って人を転ばせるからな。
あいつはそういうタイプじゃない。
……だから邪魔すんなってだけだ」
「手厳しいねぇ」
白石は苦笑しながらカウンターに肘をついた。
「……最初から、金曜日の彼と美月ちゃんをくっつけるつもりだったの?」
その問いに、豊は即答しない。
ただ、意味深に目を細めただけ。
「さぁな」
「……あ、なるほど。
今の“沈黙”が答えだね」
白石が笑って肩をすくめる。
「聞かなかったことにするよ」
そして、カウンターの向こうの美月に視線を向けた。
「美月ちゃん、よかったね。
似合いの相手だと思うよ」
美月は照れくさそうに笑う。
「……はい」
白石はその笑顔を見て、満足したように微笑んだ。
「これ以上、俺の出番はなさそうだ」
豊は横目で白石を見て、ぽつんと呟く。
「最初からねぇよ」
「それ言う?」
白石は笑いながら、グラスをあおった。
月曜の夜。
Bar Toyo のいつもの空気は変わらないのに──
ほんの少しだけ、温度が違った。
美月の恋が動き出したことを、
店の誰もが静かに感じ取っていた。




