第48話 Sunday Night:溢れてしまいそうな想い
美月を自宅の前で見送り、
扉が静かに閉まったあと──
航平は、しばらくその場から動けなかった。
ポーチライトが淡く照らす玄関。
まだ美月の気配が残っているようで、
離れるのが惜しくて仕方がなかった。
(……俺、ほんとよく我慢したな)
苦笑して、ゆっくり息を吐く。
触れたいと思った。
抱きしめたいと思った。
もっと一緒にいたいと思った。
でも──
彼女の「初めて」を急ぎたくなくて、
本能を押し込んだまま手だけをそっと離した。
今日は……ありがとう。
すごく、幸せだった。
玄関先で囁かれたあの声が、
まだ耳の奥で甘く震えている。
(あんなの……反則だろ……)
顔がゆるむのを自覚しながら、
ようやく自宅へ向かって歩き出した。
帰りの電車の中。
夜景が流れていく窓を眺めながら、
胸の奥がじんわりと熱くなる。
(……日曜の昼、もう一度会えるなんて思ってなかった)
この一週間、
金曜の夜の続きが中断されたままの状態で、
正直、落ち着かない気持ちだった。
言いたいことがあった。
ちゃんと伝えたかった。
今日、海で告白して、
彼女の震える“好き”を聞いた瞬間――
(もう……手放したくないって思った)
素直に、心がそう叫んだ。
ふと、胸の奥に別の記憶がよぎる。
まだお客として来始めた頃。
豊からふと告げられた、美月の“妄想恋愛”の話。
『あいつはな、恋に憧れてるだけだ。
現実の男なんて、まだちゃんと見てねぇよ』
笑い話だったはずなのに、
その瞬間だけは妙に悔しかった。
(……違う女として見てほしいって、思ったんだよな)
その日の帰り、
知らない自分の感情に気づき、
年甲斐もなくドキドキしていた。
(ほんと、俺どうかしてたな……)
苦笑しながらも、
今日の美月を思い出すと胸がいっぱいになる。
湘南の海で弾んだ笑顔。
告白のあと、恥ずかしそうに袖を掴んだ仕草。
手を離したくなさそうに指先を絡めてきた瞬間。
(……可愛すぎるよ)
まるで自分の方が年下みたいだ。
自宅に着いて、シャワーを浴び終え、
濡れた髪をタオルで拭きながらスマホを開いた。
(連絡……どうしようかな)
会って別れたばかりなのに、
もう“声が聞きたい”と思っている自分がいる。
(……ちゃんと伝えたい言葉が、まだあるし)
指がゆっくり動き、メッセージ画面に文字を落とす。
『おやすみ、美月。
今日は本当に幸せだった。
……好きだ。
明日も君に会いたい。
仕事が終わったら迎えに行くよ』
送信した瞬間、
心臓が跳ねる。
(……やば……俺、完全に恋してるな)
照れくさくなるほど素直な言葉だった。
でももう、隠す理由もなかった。
ちょうどその頃。
朝の光が差し込み始める美月の部屋で、
布団の中の彼女が眠たげにスマホを手に取る。
画面に浮かぶ航平のメッセージ。
“好きだ。
明日も君に会いたい。”
読み終えた瞬間、
枕に顔を埋めて悶えるように赤くなる。
(か、返さなきゃ……!)
寝起きのぼんやりした頭で
慌てて返信を打つ彼女の姿が──
航平の知らないところで、
また一つ恋を深くしていた。
二人の夜は遠く離れていても、
同じ甘さで満ちていた。




