第46話 Sunday Night:触れたいのに、触れられない距離
日曜日の夜。
湘南からの帰り道で何度も繋いだ手を確かめ合った二人は、
ゆっくりと美月のマンションの前に辿り着いた。
街灯の下、
冬の空気に頬が少しだけ赤らむ。
その沈黙は、不安でも気まずさでもなく──
離れたくない二人の気持ちが作り出す、優しい間だった。
マンションの入口前。
指先が、まだ触れあっている。
「……あの……お茶、飲んでいきませんか?」
美月が、勇気をふりしぼるように言った。
頬は赤く、
でも瞳は真っ直ぐで。
“もっと一緒にいたい”
その気持ちが隠せていない。
航平の胸が、ぎゅっと熱くなった。
ほんの数時間前、
湘南の海で告白し、
初めてのキスを交わしたばかりだ。
彼の中の恋心は、
とっくに限界まで膨らんでいる。
……それでも。
航平は、美月の手をそっと握り直した。
そして、苦笑まじりの優しい声で言った。
「……行きたいよ。ほんとは、すごく」
その言葉は嘘ではなかった。
むしろ、本音しかなかった。
美月の表情が期待に揺れる。
でもその直後、航平の指が小さく震え、
彼は少しだけ顔をそむけ、息を整えた。
「でも今日は……帰る。
今の俺じゃ、……たぶん我慢できない」
その言葉に、美月の目が大きくなる。
恥ずかしさが一瞬で広がり、
視線がふっと落ちた。
(……我慢、できない……って)
胸の奥がじんわり熱くなる。
でも航平は続けた。
「美月のこと……大事にしたいから。
焦りたくない。
ちゃんと、順番に……進みたい」
大人の男の理性。
恋人としての誠実さ。
その両方が溢れた声音だった。
美月は言葉を失いながらも、
胸の奥があたたかく満たされていくのを感じた。
「……はい」
小さく頷くと、
航平は安心したように息を吐いた。
そして──
躊躇いながら、美月の頬へ手を伸ばす。
指先が触れた瞬間、
二人の距離がまた少しだけ縮まった。
「今日は……ありがとう。
すごく、幸せだった」
その囁きは、
夜の空気よりも甘く、やわらかく、美しかった。
離れるのが本当に惜しそうに、
航平は美月の指先をそっと離した。
「また連絡する。
……おやすみ、美月」
その声が胸に落ちた瞬間、
美月はもう一度小さく頷いた。
「……おやすみなさい、航平さん」
自宅に入る扉が静かに閉まった後、
航平はしばらくその前に立ち尽くしていた。
触れたい。
抱きしめたい。
帰したくない。
全部を飲み込み、
深く息を吐く。
(……俺、ほんとに我慢したな……)
苦笑しながら、
ゆっくり背を向けた。
離れ難い夜は、
こうしてそっと幕を下ろした。




