第45話 Sunday Night:帰り道の温度
湘南の海が夜の闇に沈みきった頃、
美月と航平はゆっくり駅へ向かって歩いていた。
海沿いの風は冷たいのに、
二人の間に流れる空気は温かくて柔らかかった。
それは、さっき交わしたばかりの告白の余韻が
まだ色濃く漂っていたせいでもある。
駅までの道は静かだった。
波の音だけが遠くで続いている。
ふと、美月が口を開いた。
「……ねぇ、航平さん」
「ん?」
返事は落ち着いていたが、
告白直後の緊張がまだほんのり残っている声だった。
美月は少しだけ顔を上げて、
彼の横顔をのぞき込むように見つめる。
「いつから……私のこと、好きだったんですか?」
その問いは、
無意識に見せた小悪魔の微笑みのまま落ちた。
「……っ!」
航平は立ち止まりかけるほど動揺し、
ほんの一瞬言葉を失った。
返答を迷う仕草が、
美月には新鮮で、愛おしくて、くすぐったかった。
「えっと……その……」
いつも落ち着いている航平にしては珍しいほどの狼狽え方。
言葉を探すように視線を彷徨わせ、
耳までほんのり赤く染まっていく。
「……最初から……じゃないけど……」
「うん……?」
「気づいたら……もう、好きだった」
小さな声。
でも、美月にははっきり聞こえた。
美月の胸がまたふわりと甘く熱くなる。
「気づいたら……?」
「そう。最初はただ……豊さんの娘だからって
妹みたいに思ってたのに……」
航平はゆっくり息を吐く。
「ある日ふと……美月の笑い方が、
他の誰よりも可愛いって思ったんだ」
言い終えた航平は、
自分で言って自分で照れた顔をして、
前髪をいじるように視線をそらした。
美月はその反応がたまらなく愛しくて、胸がぎゅっとなる。
「……ありがとう」
その一言を落とすと、
航平の目がやわらかく揺れた。
駅の近くまで来た頃、
航平は歩幅をほんの少しだけ狭めた。
美月の手が離れてしまうのが嫌で、
自然と指先に力が入ってしまう。
(……離したくない)
そう思っていることが、
横顔だけで伝わるほどだった。
「……手、あったかいですね」
美月が小さく言うと、
航平は一瞬だけ笑って──
「美月が冷たいだけだよ」
「え、そう?」
「……だから、離したくない」
言葉にした瞬間、
美月は足を止め、顔が熱くなるのを感じた。
航平はハッとしたように
「あ……ごめん、今の言い方……」
と慌てて言い直そうとする。
けれど──
美月の方が、先に言葉を重ねた。
「……嬉しい。離したくない」
その声は、
海の音より小さくて、
駅の灯りより温かかった。
電車に乗る直前、
二人は自然と向き合った。
人の気配は少なく、照明はやわらかい。
航平がそっと美月の頬に触れ、
ほんの一瞬ためらってから──
唇が触れるか触れないかの、
小さな、小さなキス。
さっき海辺でした“続き”のような、
温度だけで伝わるキスだった。
「……帰りも送るよ」
「帰りも……?」
「うん。美月と一緒にいたい」
照れた声なのに、
その言葉は真っ直ぐで優しくて、
美月の心臓をまた跳ねさせる。
電車の中、
二人は向かい合って座った。
でも──
繋いだ手は、そのままだった。
湘南の夜風よりも、
電車の揺れよりも。
二人の手の温度がいちばん強く、
そして確かに恋を示していた。




