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妄想恋愛ばかりしていたら、金曜日に本物がきた。  作者: つなかん


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第42話 Sunday:触れない距離の恋人たち

午後の日差しがアスファルトを薄く照らし、

 人影もまばらな日曜の街を、二人で歩く姿があった。


 美月は、航平の隣を歩きながら、

 指先をそっとコートのポケットにしまい込んでいた。

 触れたい気持ちを隠すように。


 航平は、そんな彼女の横顔を

 言葉にできない気持ちで何度も盗み見る。


 どちらも、一歩分の距離を保ったまま。

 けれど、その空気には“恋人未満”の甘い気配が色濃く漂っていた。


「……どこか、行きたい場所ある?」

 航平が少しだけ緊張を帯びた声で尋ねた。


「えっと……どこでも。

 今日、一緒なら……どこでも嬉しいです」


 素直すぎる美月の言葉に、

 航平は横を向いて小さく息を吸い込む。

 声に出さないのに、その頬の赤みだけで十分だった。


(……かわいすぎるだろ)


 彼の視線が落ち着かなくなる。


 第三者から見れば、

 両想いが隠しきれない二人にしか見えない──

 それでも二人は気づかない。


 少し歩いたところで、

 河川敷に続く小さな遊歩道が見えてくる。


「ここ……歩く?」

「はい」


 並んで歩き始めた瞬間、

 風がふわりと二人のコートの裾を揺らした。


 美月の髪が風に押されて頬にかかる。

 航平は無意識のまま、そっと言った。


「……寒くない?」


「すこし……ひんやりします」


 その答えを聞いた瞬間、

 航平の手がわずかに動いた。


 触れようとした、というより──

 触れ“そうになった”。


 だが、彼は気づいて手を引っ込める。


(まだ……触れちゃだめだ)


 昨日、言えなかった告白が

 胸の奥で静かに疼いていた。


 隣を歩く美月も、

 その一瞬の動きに気づいていた。

 気づいたうえで、少しだけ顔を伏せる。


 触れてほしい。

 でも、触れられたら泣いてしまうかもしれない。


 そんなくらい、胸の奥が甘く痛む。


 河川敷のベンチに腰をおろすと、

 美月はそっと息を吐いた。

 風景を眺めるふりをしながら、

 横の男性の横顔を見つめる。


 航平は、日差しに照らされて

 静かに瞬きをしていた。


 意図せず重なった視線に、

 美月は慌ててそらしてしまう。


 航平はその仕草を見て、

 小さく笑った。


 だが、その笑みには

 “嬉しさ”だけではなく、

 “罪悪感に似た切なさ”も滲んでいる。


(昨日……言えなかった。でも)


 心の中で呟く。


(今日、ちゃんと言う)


 その決意だけが、

 風に触れながら静かに固まっていく。


 ベンチの足元に、乾いた葉がころんと転がった。


 美月がそっとそれをつまみ上げると、

 航平がその手元をやわらかい目で見つめた。


「……なんか、いいですね。こういうの」


「うん。

 美月と歩くと……なんでも良く見える」


 ふいに漏れた本音。


 美月は言葉の意味を理解する前に、

 顔が一気に赤く染まった。


「そ、そんな……」


 航平は慌てたように続ける。


「あ、ごめん。いや……違う、違わないけど……

 変な意味じゃなくて、その……」


 言葉にならない言葉を紡ぐ姿に、

 美月は胸がきゅっと縮んだ。


 第三者が見れば誰でも思う。


(……これは、もう告白寸前だな)


 風の音。

 遠くを走る自転車の気配。

 二人だけの小さな世界。


 美月は少し勇気を出して、

 声を小さく落とす。


「……航平さん。

 今日、誘ってくれて……嬉しいです」


「……俺も」


 航平が息を吸い込み、

 ゆっくりと横を向いた。


 もう、次の言葉は決まっている。


 触れない距離の恋人たちが、

 そっと寄り添い始めた午後だった。


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