第41話 Sunday:扉の向こうで待っていたもの
日曜日の昼下がり。
冬の冷たい空気とは裏腹に、陽射しは柔らかく街を照らしていた。
通りには臨時休業の店が多く、
静けさと休日のゆったりした気配が溶け合っている。
そんな中で、
小さなカフェ「À mon rythme」だけが、
ささやかな灯りを点けていた。
営業日ではない。
だが、扉の内側では一人の男が、
窓辺に立って外の景色を見ていた。
——橘 航平。
普段は冷静沈着な彼が、
今日は何度も腕時計を見る。
(……もうすぐ来るかな)
そう思った瞬間、
彼の視線が外の一点で止まった。
歩いてくる女性の姿。
地図アプリを確認しながら、
慎重に、そして少しだけ弾む足取りで近づいてくる。
——美月。
その瞬間、航平の胸が大きく跳ねた。
迷ってほしくなくて、
彼はカフェの扉へ向かい、そっと開けた。
「美月」
名前を呼ぶ声は静かで優しい。
けれど、その奥に嬉しさが隠しきれず滲んでいた。
美月は少し息を弾ませながら顔を上げる。
「……来ちゃいました」
その小さな言葉だけで、
航平の表情がふっと緩む。
「うん。来てくれて、嬉しい」
店内に入ると、
焙煎したてのコーヒーの香りが空気を満たしていた。
休日の静かなカフェは、
二人だけの空間になっている。
「座ってて。コーヒー淹れるから」
航平がカウンターに立ち、
丁寧な手つきで豆を挽き始める。
美月は、その横顔を見つめていた。
真剣で、静かで、
どこか幸せそうな表情。
(……こんな顔するんだ)
知らなかった顔に、胸が温かくなる。
しばらくして、
彼がそっと差し出したカップから湯気が立ちのぼり、
香りがふわっと広がった。
「どうぞ。今日のは……美月が好きそうだと思って」
美月は両手でカップを包み、
一口、ゆっくり含む。
香りと温度が身体に染みていく。
(……幸せって、こういうことなのかな)
自然と笑みがこぼれた。
「すごく……おいしいです」
その声に、航平は照れたように小さく笑う。
美月はふいに、
昨日豊が言っていたことを思い出した。
「今日……“臨時休業”になりました。
だから……ゆっくりできます」
言った瞬間、
航平の手がぴたりと止まった。
そして——
想像よりずっと赤くなる。
「……え、あ……そうなんだ……」
耳まで赤くなり、
彼はあわてて視線をそらす。
「違……違うよ? いや違わないけど……その……
いや、“夜も一緒にいれる?” とか言うつもりじゃなくて……っ」
動揺して言葉をつまらせる航平。
普段の彼からは考えられない姿。
美月は、そっと笑った。
「……夜も、一緒にいたいですけど」
その一言で、
航平の動きが完全に止まった。
顔がゆっくり彼女の方へ向き、
驚きと喜びが混じった目で見つめる。
「……ほんとに?」
美月は少し恥ずかしそうに、
でもしっかりうなずいた。
「はい」
二人の距離が、
ゆっくり縮まっていく。
まるで休日の静かな時間が、
二人の気持ちをそっと重ねているようだった。
扉の外の冬の光は柔らかく、
カフェの中だけが温かい春のようだった。
まだ告白はしていない。
けれど——
気持ちはひとつずつ、確実に重なり始めていた。




