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妄想恋愛ばかりしていたら、金曜日に本物がきた。  作者: つなかん


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第4話 Thursday:静けさの中に、ひとつの影

木曜日の朝は、なぜか落ち着かない。


 カーテンを開けると、雲の切れ間から強い日差しが差し込んでいて、

 思わず目を細めた。


(……なんか、今日は変な感じ)


 特別なことがあるわけじゃない。

 ただ、胸の奥が妙にそわそわしている。


 昨日は危険な香りの黒田さんに妄想を乱されて、

 帰り道は気分が沈んでいた。


(恋って難しいな……

 妄想みたいに綺麗じゃないんだよね、現実って。)


 ため息をひとつ。


 でも、どこかで。

 胸の奥が少しだけ……期待している気がした。


 期待の理由なんて、思い当たるはずがないのに。


 夜八時。

 木曜日の店内は、いつもより静かだった。


 カウンターについた柔らかな照明が、

 コースターの上に落ちる影をゆっくり揺らしている。


「今日は静かだね」


「そうだな。木曜はだいたいこんなもんだよ」


 父・豊はボトルを並べながら言う。

 私はカウンターを磨きながら、ふいにスマホを見た。


 通知の中に、ひとつ見慣れない名前が表示されている。


《橘 航平》


(……ん?)


 父のスマホ画面だ。

 父が置きっぱなしにしているスマホに、受信音が鳴って気づいた。


「お父さん、メッセージ来てるよ」


「ああ、航平だろ」


 父はまるで当然のように言った。


「明日のことだよ。だいたい木曜か金曜に連絡してくるんだ」


「そんなに仲いいんだ」


「まあな。あいつは昔っから律儀な男だから」


 何気ない会話のはずなのに、胸の奥が軽く跳ねた。


(……律儀な男、か)


 航平さんの顔を思い浮かべてみる。

 大人の余裕のある、少し落ち着いた笑顔。

 子どもの頃、頭を優しく撫でられた感触。

 私が悩んでいた時、静かに話を聞いてくれたこと。


(……そんなに親しい関係に見えなかったのに、

 “律儀な男”って……なんか、かっこいいな)


「美月?」


「あ、え? なに?」


「いや、ぼーっとしてたから」


「なんでもないよ!」


 慌ててグラスを拭きながら、

 自分でも分からない胸のざわつきを誤魔化した。


 しばらくして、常連のお客様が少しだけ入ってきたが、

 木曜らしい緩やかな時間が流れていた。


 暇な時間ができると、豊はカウンターに肘をついて静かに話し出す。


「美月、最近ちゃんと寝てる?」


「寝てるよ」


「悩みごとは?」


「……特にないよ」


 少しだけ間が空いた。


「……母さんがな、よく言ってたんだ」


 その名前が出ると、自然と姿勢が正しくなる。


「“美月はきっと、ゆっくり恋をする子になる”って」


「ゆっくり……?」


「うん。母さん自身がそうだったから。

 焦らないで、気づいたら好きになってる――

 そういうタイプだったんだよ」


「……へぇ。お母さん、そんなこと言ってたんだ」


「だから無理に恋しようとしなくていいよ。

 時間かけて好きになる恋もあるから」


 父の言葉は、いつも不思議と心に入り込んでくる。

 優しくて、あったかくて、少し寂しさも混じっていて。


(……ゆっくり、か)


 私の恋は、妄想ばかりで実らない。

 でも本物の恋って、どんなタイミングで来るんだろう。


 そんなことを考えていたら、突然、父のスマホが再び震えた。


「また航平さん?」


「そうだな。……明日、少し早く来るらしい」


「え? いつもより?」


「珍しいな。……何かあったのかね」


 父は何でもなさそうに言う。

 でも、私はその言葉に妙に反応してしまった。


(早く来る……?

 どうしてだろう……)


 胸の奥が、じわっと熱くなる。

 理由は分からない。


 でも——確かに、何かが変わり始めている気がした。


 帰り道。

 夜風は少し冷たくて、髪を揺らすたびにひやりと頬を撫でた。


(……あれ?

 なんで私、航平さんのこと考えてるんだろ)


 自分で自分に驚く。


 今まで、妄想の中の恋しかできなかったのに、

 現実の誰かを思い浮かべている。


(……まさか、ね)


 小さく肩をすくめて、笑ってしまう。


 恋なんて、そんな簡単に始まるわけない。

 私は妄想ばかりしているだけ。

 現実の恋にまだ足を踏み出せない人間だ。


 ……そう思っていた。


 でも、静かに動き始めた“何か”を、

 私はまだ知らない。


 木曜日の夜は、

 金曜日の訪れを予告するように、静かに、しずかに満ちていった。


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