第28話 Friday Morning:今日が来るのを、どれだけ待っていたんだろう
金曜日の朝。
目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
(……今日、だ)
頭がまだぼんやりしているのに、
胸の奥だけははっきりと熱を帯びている。
昨日の夜、
帰り道で何度も想像した“今日”がついに来た。
(航平さん……来るよね)
そう思った瞬間、
心臓がきゅっと強く脈打った。
枕を抱きしめながら、
深呼吸をしてみるけど——
(……無理。緊張する)
胸がざわざわしすぎて落ち着かない。
鏡の前に立つ。
化粧水を馴染ませながら、
昨日も思ったことが頭をよぎる。
(……顔、変わってる)
嬉しいような、恥ずかしいような、
自分の表情が恋していると分かる。
頬の色。
目の輝き。
髪を整える手つきまで落ち着かない。
「……変じゃない、よね?」
鏡に映る自分にそっと問いかける。
(かわいいって、思ってくれるかな)
胸がじんわり熱くなった。
バーに向かう道。
朝の空気はひんやりしているのに、
身体の中だけはずっと熱い。
(夕方になるまで、どうやって仕事するんだろう……)
考えるだけで息がふわふわしてしまう。
いつも通り歩いているのに、
景色が少し違って見えた。
(今日……“話す日”なんだ)
航平さんが言ったあの言葉。
『ちゃんと話したいことがある』
(何を、話すんだろう)
分かっているようで、分からない。
分からないようで、分かってしまっている。
期待と不安がぐるぐる回って胸が苦しい。
バーに着くと、
豊がもう店の前で掃除をしていた。
「おはよ」
「おはよう……」
挨拶すると、
豊はちらりと娘の顔を見て、にやっと笑う。
「ほう……今日はいつもより気合い入ってんな」
「やめてってば……!」
「まぁ、落ち着け。
いつも通りでいいんだよ」
そう言いながら、豊は足元の落ち葉を掃き続ける。
「……言っとくがな」
「え?」
美月が振り向くと、
豊は珍しく真面目な顔で言った。
「今日来るのは……ただの客じゃねぇぞ」
「……っ」
「“息子みたいに気に入ってる男”だ。
お前がどう転んでも、悪いようにはしねぇよ」
その言葉は、
心の奥の緊張を少しだけほどいてくれた。
「お父さん……」
「だから、焦るな」
豊はそう言ってから、
少しだけ優しい声で付け足した。
「楽しんでこい。恋はそういうもんだ」
(……楽しむ、なんてできるかな)
でも、
その言葉が胸の奥にそっと灯りをつけた気がした。
仕込みをしながらも、
美月の頭にあるのは一つ。
(今日、会える)
そのたった一つの想いだけが
一日を支えるみたいに胸で光っていた。
金曜日の朝は、
こんなにも甘く、苦しく、嬉しい。
(……会いたい)
その気持ちは、
昨日よりずっと、はっきりしていた。




