第21話 Tuesday Night:同じ月を見上げながら、金曜日を願う
マンションのエレベーターを降りて、
自分の部屋のドアを閉めた瞬間、
ふっと力が抜けた。
(……ふぅ)
バッグをソファの上に置いて、
さっきまで握っていたスマホを見つめる。
帰り道に届いた、航平さんからのメッセージ。
今夜の月の写真と、短い一行。
『同じ月が見れたらいい』
(同じ月……)
それだけで、
距離が一気に縮まった気がした。
カーテンの隙間から、
外をのぞく。
ビルの間に、小さく光が見えた。
(まだ、見える……)
そう思った瞬間、
足が勝手にベランダへ向かっていた。
サッシを開けると、
夜風がひやりと頬を撫でる。
見上げると——
さっきよりも高い位置に、
丸い月がぽっかり浮かんでいた。
「……きれい」
思わず声に出ていた。
さっき撮った、ビルの隙間からやっと見つけた月とは違って、
今はちゃんと空の真ん中に顔を出している。
(この月を……今、航平さんも見てるかもしれないんだ)
そう考えただけで、
胸がじんわり熱くなる。
ふと、ソファの上のバッグが気になって、
部屋の中に戻った。
今日、山崎さんからもらった小さな紙袋。
中には、
淡い色の小さなお守りが入っている。
「……縁結び」
文字を見た瞬間、
胸がくすぐったくなる。
(“恋が叶いますように”って……)
渡すときの、山崎さんの穏やかな笑顔。
それを見て、少しだけ複雑そうに笑ったお父さんの横顔。
(……きっと、気づいてるんだ)
自分が誰に恋をしているのか。
誰の名前を出されると声が揺れるのか。
全部。
それでも何も言わず、
こうしてそっと背中を押してくれる。
(ありがとう……)
胸の中で、小さくそう呟いた。
お守りをそっと握りしめたまま、
もう一度ベランダに出る。
夜風はさっきより少し冷たくなっていたけれど、
月は変わらず優しく光っていた。
「……早く、金曜日が来ますように」
空に向かって、
小さく手を合わせる。
願う相手は、神様なのか、
月なのか、
それとも——
(ちゃんと、会えますように)
そう心の中で付け足した。
金曜日。
“ちゃんと話す”と彼が言った日。
怖い。
でも、楽しみで仕方がない。
お守りを片手に持ったまま、
スマホを開く。
カメラを起動して、
ベランダから見える月を一枚撮った。
さっきより少しだけ大きく、
雲の切れ間から顔を出した丸い光。
(さっきのは“やっと見つけた月”で、
これは“ちゃんと見えてる月”……)
胸の中で、
何かがそっと繋がった気がした。
メッセージ画面を開き、
ゆっくり文字を打つ。
『ベランダからも月、見えました。
さっきよりずっとよく見えます。
同じ月、見れてたらいいなって思いました』
最後の一文を打ってから、
指が少しだけ止まる。
(送って……いいよね)
ほんの一瞬だけ迷って、
送信ボタンを押した。
ピロン、と小さな音が鳴る。
それだけなのに、
胸がまたきゅっと締めつけられる。
月を見上げながら、
お守りをぎゅっと握りしめる。
(この恋が、ちゃんと前に進みますように)
金曜日まで、あと三日。
会えない夜ほど、
胸の中は彼でいっぱいになる。
同じ月を見上げながら、
美月はそっと目を閉じた。




