第20話 同じ月を見ているというだけで
仕事が終わり、
店を閉めて外に出た瞬間——
夜風がふっと頬を撫でた。
(涼しい……)
疲れた身体に、少しだけ気持ちのいい空気。
駅までの道を歩きながら、
さっきまでの喧騒が嘘みたいに静かだった。
そんなとき——
スマホが震えた。
(……え?)
画面を見た瞬間、
胸がきゅっと跳ねた。
航平さん。
開くと、写真が一枚。
紺色の夜空に、
くっきりと浮かぶ丸い月。
静かで、少しだけ寂しげで、
でも優しい光。
その下に、一行だけ。
『同じ月、見れたらいいな』
息が止まった。
(……ずるい……)
こんな短い言葉で、
胸がこんなにも熱くなるなんて。
足を止めて、
空を見上げる。
(……見えない)
ビルの影が高く伸びていて、
月はどこかに隠れていた。
それでも探した。
歩きながら、
角を曲がりながら、
何度も上を向いて。
ようやく——
ビルの隙間から、
小さく月がのぞいた。
「……いた」
思わず呟いてしまった。
その月は、
航平さんが送ってくれた写真と同じ形なのに、
どこか違って見えた。
(今の月……撮りたい)
スマホを構えて、パシャリ。
メッセージを開き、
胸の奥がじんわり熱いまま、
指を動かした。
『今の月は、ビルの影に隠れていて
やっと見つけた月です』
送信。
続けて、
気持ちがあふれないようにゆっくり書いた。
『もうすぐ自宅に着きます。
ベランダからもう一度見てみますね』
自分の文面を見て、
顔がじんわり熱くなる。
(……こんなに嬉しいなんて)
同じ月を見るだけで、
こんなに心が満たされるなんて知らなかった。
歩きながら、
何度も空を見上げた。
ビルに隠れたり、
雲に薄く覆われたりしながら、
それでも光っている月。
(……航平さんも、あれ見てるのかな)
その想像だけで胸が甘く疼く。
息がゆっくり、深くなる。
恋って、
もっと苦しいものだと思っていた。
でも今は——
ただ同じ月を見ているだけで幸せだった。
(……明日も見えるかな)
今日のこの気持ちは、
きっと明日も続く。
そんな気がした夜だった。




