第19話 Tuesday:気づいている人は、静かに背中を押す
火曜日の夜。
ドアのベルが軽く鳴って、
山崎くんが片手を上げながら入ってきた。
「お腹空いたー!!
なんかつまめるやつ作ってー、美月さーん」
「えっ……またそんな適当な注文……」
「だって美月さんの作るやつ全部おいしいじゃん。
任せる任せる〜」
相変わらずの明るさに、
思わず笑ってしまう。
山崎くんは今日もスーツ姿のまま、
少し疲れた顔でカウンター席に腰を下ろした。
「今日忙しかったの?」
「まぁね。
営業回りで歩きすぎて腹ぺこ」
「じゃあ軽いの作るね」
「お願いします先輩〜」
軽口を叩きながらも、
時々こちらを見る目が静かだった。
たぶん——気づいてる。
注文したプレートを出すと、
山崎くんは嬉しそうに手を合わせる。
「ありがと。いただきます」
「どういたしまして」
「……ねぇ美月さん」
「ん?」
「最近、雰囲気変わったよね」
胸が一瞬で熱くなった。
「へ? 何それ……変わってないよ」
「いや変わった。絶対。
なんか……顔がやわらかい」
言われて、返す言葉に困る。
お父さんまで向こうでニヤニヤしている。
(ちょっと……二人で何なの……)
気まずくて黙ってしまうと、
山崎くんは小さく笑った。
「……やっぱ何かあったか」
「な、なんにも!」
「そっか。
なんにも、ねぇ」
その言い方が優しかった。
食事を終えた山崎くんは、
スーツのポケットから小さな紙袋を出した。
「はい、これ。ちょっと遅くなったけど」
「え? なにこれ?」
「先週、取引先の近くの神社で買ったやつ。
美月さんに渡そうと思って」
袋の中には——
淡いピンク色の、小さな“縁結び守り”。
「……え?なんで……?」
「別に深い意味はないよ。
美月さん、そういうの信じるタイプって前に言ってたし」
「言ったけど……」
顔が熱くなる。
横でお父さんが小さく呟いた。
「……山崎、お前……」
「ちがいますよ豊さん」
間髪入れずに返して、
山崎くんは笑った。
その笑いは、少しだけ寂しそうで——
でも、あたたかかった。
「俺さぁ……
美月さんは“好きな人ができたら”
めちゃくちゃ良い恋するタイプだと思ってたからさ」
「え……」
「だから……
なんか最近、良い方向に行ってそうで、ちょっと安心しただけ」
心臓が跳ねた。
完全に気づいてる。
でもそれを追及せず、
あえて聞かず、
ただそっと背中を押す感じ。
(……優しすぎる)
お守りを見つめながら、ちょっと胸が痛くなった。
「美月さん」
「……なに?」
「その恋、大事にするといいよ」
「っ……!」
その言葉は、
誰よりも静かに美月の気持ちに寄り添うものだった。
「俺で役に立つなら、なんでも言って。
邪魔はしないから」
茶化さずにそう言ったあと、
マフラーを巻きながら立ち上がる。
「じゃ、また来週。
……あ、縁結びだからね?
“いい縁が続きますように” の方だよ」
最後の一言は、
自分の気持ちをごまかすような明るさだった。
けれどその背中は、
まっすぐで優しかった。
山崎くんが店を出ていくと、
お父さんが呟いた。
「……あいつ、いいやつだな」
「うん……」
本当にその通りだった。
胸の奥がじんわり温かくなる。
縁結びのお守りをそっと握った。
(……ありがとう)
その想いは、
静かに、確かに伝わっていた。




