第17話 Sunday:言わなかった言葉が、日に日に重くなる
日曜日の朝。
いつもより遅く起きたのに、
身体の奥にはまだ昨日の疲れが残っていた。
(……疲れたんじゃない。違うだろ)
枕元のスマホを見つめながら
ゆっくり息を吐く。
昨日、土曜日。
美月にはメッセージも、写真も送らなかった。
(送らないって決めたのは……俺なのに)
胸の奥がずっと落ち着かない。
金曜日のあの夜が濃すぎて、
ひと晩では冷めてくれなかった。
キッチンでコーヒーを淹れながら、
ふと金曜の彼女の顔が浮かぶ。
照明に照らされた横顔。
潤んだ瞳。
震えた声。
小さく、でも確かに返してくれた言葉。
『……私も』
(……かわいすぎるだろ)
思わずマグカップを持つ手に力が入った。
昨日、送らなかった理由は一つ。
(落ち着かせてやりたかった)
自分のせいで、
彼女の胸をかき乱しすぎた気がした。
あの日の美月は、
嬉しさと戸惑いと、
混ぜ物みたいな恋の表情をしていた。
あんな顔を見て、
これ以上刺激したら、
本当に泣かせてしまいそうだった。
(……でも)
自分自身も、
正直落ち着けていなかった。
昼すぎ、
スニーカーを履いてカメラを首にかけ、
街に出た。
雲一つない青空。
写真日和だ。
でもレンズをのぞいても、
美月の顔ばかり浮かんでしまう。
(……この前みたいに、写真送っても良かったけど)
昨日送らなかったエリアに、
わざと今日も近づかなかった。
(今日も送らないほうが……たぶんいい)
距離を置いているつもりなのに、
胸の奥は少しずつじんわり熱くなる。
歩きながら思う。
(美月……今なにしてるんだろう)
会いたい。
でも会えない。
会えない日ほど、会いたくなる。
(恋って……面倒だな)
苦笑しながらも、
その感情が悪くないことに気づく。
夕方、
川沿いのベンチに座って夕暮れを眺めた。
オレンジ色に染まる水面を見ながら、
口の中で小さく呟く。
「……きれいだな」
この景色を見た瞬間、
真っ先に美月の顔が浮かんだ。
(……また見せたいって思ってる)
それがもう答えなのに、
なのに——
まだ言えなかった自分が情けない。
『君の気持ちを、ちゃんと聞いてから言いたいんだ』
そう言ったのは、
逃げたわけじゃない。
(ちゃんと……大事にしたいんだよ)
衝動じゃなくて、
本気だと伝わるように。
焦ったくせに慎重で、
慎重なくせに独占欲が強くて、
矛盾してばかりだ。
(黒田さんのこと……来週また会うんだよな)
胸に小さな痛みが走る。
あんなに余裕そうな男、
自分が敵う気がしない時がある。
でも——
金曜日の美月を思い出せば十分だった。
(俺を見てた。間違いなく)
自信なんかないけど、
あの瞬間だけは確信できた。
夜、自宅に戻ってシャワーを浴び、
タオルで髪を拭きながら
スマホを見た。
通知はない。
(……そりゃそうだ)
自分から送っていないのだから。
それでも胸の奥は
なぜか満たされていた。
(来週……ちゃんと話さないとな)
次の金曜日。
もう引き伸ばすつもりはない。
あの日言えなかった言葉が、
一日ごとに重くなっていく。
「美月……」
名前を呼んだだけで、
胸が熱くなる。
(会いたいよ……)
その呟きとともに、
静かな日曜日はゆっくりと終わった。




