第15話 Saturday Morning:胸の奥で、名前が何度も鳴る
眠ったのか眠れていなかったのか、
よく分からないまま朝を迎えた。
カーテン越しの光がまぶしくて、
ゆっくり目を開ける。
(……まだ、心臓が速い)
昨夜のことを思い出すだけで、
胸がまたきゅっと締めつけられる。
布団の中で丸くなりながら、
自分の胸に手を当てた。
(どうしよう……)
落ち着く気配なんて、少しもない。
“会いたかった”
あの言葉。
あの声。
あの距離。
(……ずるいよ)
瞳を閉じると、
航平さんがすぐそこに立っているような気がして、
身体が熱くなる。
呼吸が浅くなるのが分かった。
(私……もう……)
言葉にするのが怖い。
でも、分かってしまった。
(……好き)
枕に顔を埋めた。
言えば言うほど、
胸の奥が苦しくなる。
どうしてこんなに、切なくて嬉しいんだろう。
スマホを手に取る。
画面には何も来ていない。
(……いいの)
むしろ来ないほうが良かった。
もし“おはよう”なんて来たら、
本当に涙が出てた。
でも、
何もなくても胸がいっぱいになる。
(昨日の航平さん……ちょっと違った)
音の低さ。
間のとり方。
視線の深さ。
全部が “気持ちを隠していない人の顔” だった。
(気のせい……じゃないよね)
自信なんてないけど、
昨日だけは少しだけ信じられた。
あれは、誰にでも向ける顔じゃない。
(……どうしよう)
もう一度、胸に手を置く。
熱い。
ずっと、熱いまま。
キッチンに向かって水を飲んでみても、
落ち着かない。
鏡を見る。
いつもより顔色が柔らかい気がした。
(昨日……かわいいって思ってくれたかな)
そんなこと、考えるだけで恥ずかしいのに、
止められなかった。
ふいに、
彼が言った言葉が蘇る。
『君の気持ちを、ちゃんと聞いてから言いたいんだ』
その意味を考えて、
胸がまた熱くなる。
(じゃあ……言ってくれるんだ……)
息が止まった。
(私次第……ってこと……?)
嬉しい。
怖い。
でも——
“嬉しい” が勝ってしまう。
ソファに座って膝を抱える。
(会いたいな……)
昨日の帰り際の顔が頭をよぎる。
触れそうで触れない距離。
泣きそうなほど優しい声。
(今すぐ会いたい……)
でも今日は土曜日。
航平さんは休みで、どこかに写真を撮りに行ってるかもしれない。
彼の生活も、時間も、
全部把握したいなんておかしいのに——
(知りたい……)
その気持ちは抑えられなかった。
スマホを握りしめたまま、
小さく呟いた。
「……好き」
昨日から何度目か分からない。
でも言うたびに胸が熱くなる。
会いたい。
声が聞きたい。
触れたくなる寸前の距離が恋しい。
(どうしよう……あんなふうに言われたら……)
もう前みたいに平気な顔なんてできない。
今日も、明日も、
きっと航平さんのことばかり考えてしまう。
恋が静かに始まり、
でも激しく胸を締めつける。
(……来週も会えるかな)
そう思った瞬間、
胸がぎゅうっと甘く痛んだ。
美月の恋はもう、後戻りできないところまで来ていた。




