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妄想恋愛ばかりしていたら、金曜日に本物がきた。  作者: つなかん


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第2話 Tuesday:甘い香りと、叶わない妄想

火曜日の朝。

 カーテンの隙間から差し込む光が、部屋の空気をゆっくり温めていた。


 スマホのアラームは鳴っていないのに、自然と目が覚めた。

 昨日の妄想の余韻がまだ残っているせいか、胸の奥がほんのりあたたかい。


(白石さん……昨日ちょっと優しかったな……)


 思い出すだけで、また頬が熱くなる。


「……妄想しても仕方ないのに」


 小さく呟いて、ベッドから起き上がる。

 火曜日は月曜より少しだけ仕事が忙しくなる日。

 でも、私の妄想恋愛カレンダーでは“食いしん坊彼氏の日”でもある。


 コーヒーを淹れて、ぼんやり窓の外を見る。

 東京の朝は早い。

 近くの大通りから車の音が途切れなく聞こえる。


「……よし、今日もちゃんと起きよ」


 自分に言い聞かせるように呟いて、髪をまとめ直した。


 夜の八時半。

 「Bar Toyo」の扉を開ける。


「いらっしゃいませー……あ、山崎さん!」


 火曜日の常連客、山崎さん。

 がっしりした体格で、スーツの上着を脱ぐたび、いい香りがふわっと漂う。

 会社帰りに、お腹を空かせて寄るタイプ。


 そして彼は——

 私の脳内で“ごはん系彼氏枠”に自動登録されている。


「美月ちゃん、今日もお腹ぺこぺこだよ。何か軽いおつまみある?」


「ありますよ。トマトのマリネと、生ハムサラダ……どっちがいいですか?」


「うーん……両方食べたいなあ」


 子どものような表情で迷うところが、可愛い……気がする。


(こういう人が彼氏だったら、

 帰りにコンビニ寄ってアイス買って帰ったり、

 一緒にご飯食べて笑ったり——)


 そんなささやかな幸せを想像してしまう。


 トマトのマリネを小皿に盛りつけながら、

 ふいに母の写真が目に入った。

 店の奥に飾ってある、小さな額縁。


 やわらかく笑うその横顔は、今でも私の“理想の女性像”。


(……私も、いつか誰かと並んで写真撮ったりするのかな)


 そんなことを思った瞬間、

 父・豊がカウンターに戻ってきた。


「美月、山崎さんの生ハムサラダ頼まれてたよ」


「うん、今作るよ」


 父がふと、私の視線の先を追う。


「……母さんの写真、また見てた?」


「うん。なんとなく、ね」


 豊は小さく息をついた。


「美月は母さんに本当にそっくりだよ。

 ほら、笑った時とか、仕草とか……俺はよくドキッとする」


「やめてよ、お父さんがそれ言うの変でしょ……」


「いや、本当なんだって。

 母さんも、ああやってちょっと頬赤くして、笑う人だった」


 思わず指先が止まる。


 母はもうこの世にいない。

 でも私の中に、確かに残っている。

 その“似ている”と言われる部分が、時々自分を不安にもさせる。


「……そんな母さんに、ちゃんとした恋人ができる日が来るといいんだけどな」


「な、なにそれ……!」


 父の言葉に、思わずむきになってしまう。


「ちゃんとした恋なら、来るよ。……たぶん」


「たぶんって言った」


「うるさい」


 でも内心は、少しだけざわついていた。


 本気の恋なんてしたことがない、

 そう言われているような気がしたから。


 その時——。


 山崎さんが、サラダを食べ終えて、ふっと言った。


「美月ちゃん。……いつも頑張ってるね」


「え?」


「なんかね、ここ来ると落ち着くんだよ。

 美月ちゃんの声って、不思議と安心するっていうか」


「な、何ですか急に」


「え、だめだった?」


「だ、だめじゃないけど……」


(だめじゃないけど……だめじゃないけど……

 こういう言葉、恋する準備万端の私には刺激が強いんだよ……!)


 胸の奥がじゅっと熱くなる。


 これは、妄想が加速する——

 はずだった。


「でもまあ、美月ちゃんにはもっと似合う人いそうだしな。

 俺みたいな食いしん坊じゃ相手にならないよ」


「……え」


 ほんの少しだけ、胸が沈む。


(……そうだよね。

 私は妄想の中では恋できても、現実の恋には向いてないのかもしれない)


 軽い落ち込みを隠すように笑ってみせた。


 閉店後、片付けをしていると、

 静まり返った店内に父の声が響く。


「美月、明日も頑張ろうな」


「うん……」


「……なんかあった?」


「別に」


 でも、隠しきれない。


 父はグラスを拭く手を止めて、言った。


「……恋が叶うかどうかは、妄想の仕方とは関係ないよ」


「……」


「お前が誰を好きになっても、俺は応援するよ」


 ふいに胸が温かくなった。


 そして思った。


(……でも、“本当に好きになる人”って、

 どんな人なんだろう)


 火曜日の夜は、少し切なく終わっていく。


 ——金曜日に、本物が現れる事もしらず。

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