航平サイド Friday Night:触れたい距離が、怖いほど近かった
「Bar Toyo」を出たあと、
夜風に当たった瞬間、胸の奥が熱くなった。
(……危なかった)
言うところだった。
あのまま続けたら、
喉元まで出かけた言葉がこぼれていた。
『美月が……好きだ』
本当は、今日言うつもりだった。
昨日から、何度も何度もシミュレーションして。
どの言葉で始めたらいいか、
どんな声で伝えればいいかまで考えていた。
でも——
(あんな顔されたら……無理だよ)
今の美月は、
恋に揺れている“途中”の顔をしていた。
あの透明な瞳で、
まっすぐ自分を見つめてきた。
触れたら壊れそうで、
手を伸ばせば泣かせてしまいそうで。
(あの子の気持ちを……ちゃんと聞くまでは言えなかった)
そんな自分の優柔不断さが、
少し悔しかった。
歩きながら、
美月の顔が何度も思い浮かぶ。
照明に照らされた頬の赤み。
名前を呼んだだけで震えた声。
近づいたら逃げるくせに、
目をそらせないまなざし。
(……俺のこと、どう思ってるんだろう)
聞きたい。
知りたい。
でも怖い。
(もし……俺ほどじゃなかったら……)
その未来を想像しただけで、
胸を手で押さえたくなるほど苦しくなる。
信号待ちの赤い光の中で、
ふと黒田の顔が頭をよぎった。
(……水曜日の人か)
豊が言っていた。
『黒田は人たらしだ。
あいつは勘違いさせる空気を作るぞ』
美月が、あの男と笑って話していたかもしれない。
その想像が、思った以上に刺さった。
(……考えたくないな)
自分でも驚いた。
嫉妬なんてもっと子供がするものだと思っていたのに。
(俺のほうが年下なのに……こんな情けなくなるなんて)
情けない。
でも止められない。
どうしようもなく、美月が気になる。
自宅マンションにつくと、
玄関に入る前に立ち止まる。
ポケットからスマホを取り出し、
美月からの返信を何度も確認した。
(……返ってきてなくてもいい。
今日のあれだけで十分だ)
ちゃんと話ができた。
美月があんな顔で自分を見てくれた。
それだけで胸がいっぱいだった。
でも……
それでも抑えられなかった。
(会いたいな……今すぐでも)
こんな気持ちになったのは初めてかもしれない。
扉に手をかける。
(……美月の気持ちを聞ける日まで、焦るな。
ちゃんと向き合うって決めたんだろ)
自分にそう言い聞かせて、
ゆっくりと部屋へ入った。
電気もつけず、
暗い部屋の中で目を閉じる。
(……好きなんだよ、美月)
胸の奥で言葉が静かに沈んでいった。




