第13話 Friday:あなたの目を見ていられないほど、好きになっていた
閉店時間が近づくにつれて、
胸の奥にあるものが膨らんでいく。
(……あと少しで、話せる)
航平さんの「話したい」という声が、
ずっと心の中で響いていた。
緊張しすぎて、手のひらが汗ばんでくる。
「美月、落ち着け」
「落ち着いてるよ……!」
「グラス三回落としかけたぞ」
「……っ」
お父さんの指摘が地味に刺さる。
でも、それを認めたくないほど胸が苦しい。
(だって……)
(……今日の航平さん、なんか……ずるい)
いつもの落ち着いた雰囲気なのに、
言葉の端々に “何かを決めてきた男の覚悟” があった。
その空気だけで、胸が震える。
閉店後。
店内に残るのは
豊、お父さんと、航平さんと私の三人。
グラスを下げ、
最後の片付けをしていると——
「……美月」
名前を呼ばれただけで、
胸が一気に跳ねた。
丁寧に仕込まれた低い声。
静かなのに、真っ直ぐ刺さってくる。
「ちょっと、外……いい?」
「っ……はい……!」
自分の声が震えているのが分かる。
豊は気づいているくせに、
あえて何も言わず、
「行ってこいよ」
とだけ背中を押した。
店の外は、
都会の夜風が少しひんやりしていた。
照明に照らされた看板と、
ほどよく人が減った道。
航平さんは、
その静けさの中で私の横に立った。
距離が……近い。
「美月」
「……はい」
呼ばれるたびに胸が熱い。
「昨日……送った写真、どう思った?」
その質問は、
“会いたいって分かった?” と
言われているようで——
「……きれいでした。全部」
控えめに答えたつもりだった。
でも声が震えていた。
航平さんは、柔らかく微笑む。
「入口の写真は……どうだった?」
「……あれは……」
言葉が喉でつかえた。
“会いたい”
“来てほしい”
“俺はここにいる”
その全部が写真にこめられていた気がして——
胸が苦しくなる。
「俺ね」
航平さんが、少しだけ視線をそらし、
深呼吸した。
「最近、仕事してても……君のことばかり考えてる」
「……っ……!」
心臓が止まりかけた。
「来れない日でも……
君がどうしてるか気になって。
誰と話してるんだろう、とか……」
言いかけて、
ゆっくり息をついた。
「……黒田さんと話してたんだろ?」
その声に、
ほんの少しだけ嫉妬が滲んでいた。
胸が甘く苦しくなる。
「はい……でも別に……」
「分かってる。
あの人が悪い人じゃないことは、豊さんから聞いてる」
それでも——
と言わんばかりに
航平さんは私を見つめた。
その目が真剣で、優しくて、
胸を溶かすほど近づいてくる。
「でも……君が誰と笑ってるかって考えただけで……
変な気持ちになるんだ」
その“変な気持ち”が何なのか、
分かりすぎる。
「美月」
「……はい」
「俺……」
ここで——
言うのかと思った。
息が止まるほど見つめ合って、
心臓が破れるかと思った瞬間——
風が吹き、
誰かの笑い声が遠くで聞こえた。
航平さんは
少しだけ目を閉じて息を整え、
私を優しく見て、こう言った。
「……ごめん。
ちゃんと言うのは、もう少し先でいい?」
「……え?」
「君の気持ちを、
ちゃんと聞いてから言いたいんだ」
甘すぎて、涙がにじんだ。
「だから……今日は一つだけ」
航平さんが、一歩だけ近づく。
触れない距離の、
でも触れられそうな距離。
低い声で、胸の奥に落とされた言葉。
「……会いたかった」
たったそれだけなのに、
心の全部を持っていかれた。
息ができない。
どう返したらいいかも分からない。
でも——
私も、同じだった。
「……私も……」
絞るようにそう言うと、
航平さんは静かに微笑んだ。
「よかった」
その笑顔は
私の恋心を決定的にするには十分すぎた。
店に戻る頃、
胸の鼓動はまだ落ち着いていなかった。
豊がニヤニヤしながら言う。
「どうだった?」
「……っ何も!!」
「嘘つけ。
顔、全部バレてるぞ」
返す言葉がなくて、
そのままカウンターに倒れ込みたくなった。
(……好きだ)
もう隠せなかった。




