第12話 Friday:会いたい気持ちが、歩幅を早くする
金曜日の朝。
目を覚ました瞬間から、胸がドクドクしていた。
(……今日、来る)
昨日のメッセージ。
最後の写真。
“ちゃんと話す” という言葉。
その全部が、
心の奥で静かに燃えている。
(会いたい……けど、怖い……)
でも、会いたい気持ちの方が大きくて、
胸がずっと熱い。
髪を整えながら、
指が震えているのを感じた。
鏡に映る自分を見て、思う。
(今日の私……余裕なさすぎ)
それでも、
どうにもならなかった。
夜の「Bar Toyo」。
まだ開店して少ししか経っていないのに、
私は扉の方ばかり見ていた。
「美月」
「……なに?」
「落ち着け」
「落ち着いてるよ」
「どこがだ。
開店からずっと扉ばっか見てる」
「見てないよ!」
「さっき三回見た」
「……っ」
お父さんの言葉が妙に刺さる。
「まぁ……今日は来るだろうよ」
「っ……!」
「お前の顔見りゃ分かる。
あいつは来る。……いや、来たがってる」
(来たがってる……?)
その言葉に、
胸がじんわり熱くなる。
20時すぎ。
店内の空気が少し変わった気がして、
私はふっと扉を見た。
カラン、とベルの音が響く。
胸が一気に跳ねた。
静かに、影が差し——
ゆっくり扉が開く。
黒のジャケット。
少し乱れた髪。
ほんのり夜風の匂い。
——航平さん。
息を吸うのを忘れた。
「こんばんは」
声がいつもより低い。
落ち着いているのに、どこか急いているような、
そんな響き。
「こ、こんばんは……」
うまく声が出ない。
航平さんが微笑む。
目が合った瞬間、
胸がぎゅっと苦しくなる。
(……今日の顔、なんか……違う)
静かで、でも優しくて、
何かを決めてきた目。
父・豊が常連に対応している隙に、
航平さんが私の前に立つ。
「美月」
「……はい」
「昨日……写真、見てくれた?」
「……見ました……」
それしか言えない。
胸が震えて、声が小さくなる。
「良かった」
短いのに、甘い。
距離が、ほんの少しだけ近い。
意識しすぎて、目をそらしたくなる。
でも、そらしたくない。
航平さんは、いつもの席には座らなかった。
カウンターに腰掛けず、
私と向き合うように立ったまま 言った。
「今日は……ちょっと話がしたいんだ」
「……話?」
「うん。
まだ仕事中だから長くは言わないけど……
ちゃんと、言いたいことがある」
その言い方に、
胸が一瞬で熱くなる。
(言いたいことって……なに?
まさか……)
呼吸が浅くなる。
「……あとで、時間ある?」
その一言で、
足が震えた。
「っ、はい……あります……!」
即答してしまった。
恥ずかしい。
航平さんは、
私が即答したことに気づいたのか、
ほんの少しだけ笑った。
「良かった」
その顔が優しすぎて、
胸がぎゅうっと締めつけられる。
奥でグラスを拭いていた豊が、
ちらっとこちらを見て、
にやりと笑っていた。
(やだ……お父さん絶対聞いてる)
顔が熱くなる。
でも、そんなことどうでも良くなるくらい——
航平さんの存在が近かった。
こんなに近くで見つめられたこと、
今まで一度もない。
(……今日、なにを言われるんだろう)
怖い。
嬉しい。
苦しい。
でも、そのすべてが愛おしい。
金曜日がついに動き出した。
そう感じた夜だった。




