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妄想恋愛ばかりしていたら、金曜日に本物がきた。  作者: つなかん


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第10話 Wednesday:大人の影に気づいた夜

水曜日の夜は、どこか静かだ。


 「Bar Toyo」の扉を開ける風の音も、

 グラスを拭く音も、いつもよりやわらかい。


(……落ち着かなきゃ。普通にしてなきゃ)


 山崎さんにも気づかれ、

 自分でも変わったと分かっている。


 今日、黒田さんにも気づかれたら——

 そう思うと、胸がそわそわした。


 そんな時、扉が静かに開く。


「こんばんは」


 低い声。

 黒のジャケットに、落ち着いた香り。


 水曜日の男——黒田 良介、45歳。


「こんばんは、黒田さん」


 自然と笑顔になると、

 黒田は少し目を細めた。


「うん。先週よりもずっと柔らかい顔してるね」


「え……そうですか?」


「そう。いいことあった顔だよ」


(……やっぱり。見抜かれる)


 黒田は“大人の観察者”のような目をしていた。


 黒田はウイスキーを一口飲み、

 ふと私の顔をじっと見る。


「ねぇ、美月ちゃん」


「はい……?」


「誰かのこと、考えてる顔だよ」


「っ……!」


 胸が跳ねて、視線をそらしてしまう。

 黒田は喉で軽く笑った。


「隠すの、上手じゃないんだよね。

 ……可愛いくらいに」


「違いますよ……」


「違わないよ。

 俺、こう見えて人を見るのは得意なんだ」


 その“大人の余裕”に、

 私は何も言い返せなくなった。


 黒田はふと、左手の薬指に触れた。


 金のリングを、無意識に撫でる仕草。


 その指先の動きには——

 深い疲れと、

 長い年月と、

 少しの諦めと、

 そして誰にも言わない “影” が滲んでいた。


 豊だけが知っている。

 黒田には複雑な事情があることを。


 黒田は微笑んで、私に言う。


「……まあ、人には色々あるからね」


 その声が、どこか寂しげに聞こえた。


 ちょうどその時、豊が戻ってくる。


「よぉ黒田。今日は珍しく早いじゃねぇか」


「ええ、一区切りしたので。

 豊さん」


「なんだ」


 黒田は声を少し落とす。


「美月ちゃん……最近違いますね」


(ぎゃあぁぁ……)


 豊はちらりと私を見て、

 いつものいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「ばれてるみたいだぞ、美月」


「やめてよお父さん……!」


 黒田は真剣な目で豊を見る。


「……誰か、いるんですか?」


 豊は少しだけ悩むような顔をし、

 しかし最終的にふっと笑って口を開いた。


「“航平”って男がいる」


 その名前が出た瞬間、

 私の心臓は大きく跳ねた。


 黒田は、私と豊を交互に見て、

 ゆっくりグラスを置いた。


「……航平、ね」


「そうだ。週末に来る常連だ。

 ……月曜に来たりもしたけどな」


(お父さん、それ言わなくていい!!)


 黒田は目を細め、静かに微笑む。


「……なるほど」


 推理がすべて揃ったような表情だった。


「美月ちゃんが“名前を聞くだけで赤くなる相手”、か」


「うぅ……」


「可愛いね。

 ……恋してるよ、その顔」


 黒田は優しく笑いながら言った。


「安心しなよ。

 美月ちゃんがあれだけ変わる相手なら——

 きっと、真っ直ぐな男なんだろうね」


 その台詞には、

 黒田自身の人生を見てきた“影”が含まれていた。


 帰り際。


 黒田は豊の近くを通り、

 ふと立ち止まった。


「豊さん」


「ん?」


「“彼”……

 俺は会ったことがなくても、

 美月ちゃんの反応を見れば分かる」


 黒田は微笑む。


「……あの子を、あんな顔にできる男なら

 悪いわけがない」


 豊は、ほんの少しだけ優しい表情になる。


「……そうだな」


 黒田は薬指のリングを軽くなぞり、

 静かに言った。


「まっすぐな男が似合うんだよ。あの子には」


 そして何も言わず、扉の向こうへ消えていった。


閉店後、スマホが震える。


 開く。


《夜の歩道》


《ビルの隙間の灯り》


《濡れたベンチ》


そして最後の一枚。

《À mon rythme の入口》


 今日の写真は、

 光があたたかく揺れていた。


その下に、短い文字。


《金曜日、行く》


(……会いたい)


 胸が静かに、強く脈打った。


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