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妄想恋愛ばかりしていたら、金曜日に本物がきた。  作者: つなかん


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第104話 金曜日の夜──語られる過去と、守るという選択

金曜日の夜。


 「Bar Toyo」は、いつもより少し早く、静かにシャッターを下ろした。


 最後の客を送り出し、

 カウンターの灯りだけが残る店内。


 航平は、理由を聞かずにそれを察していた。


「……今日は、ここまでですね」


 豊は短く頷く。


「悪いな」


「いえ」


 それだけで、十分だった。


 美月は、カウンターの端に立ったまま、

 手元の絵本とメモを握りしめている。


 空気が、張りつめていた。




 豊は、ゆっくりと口を開いた。


「……美月。

 今日、この話をするのは……本当は、もう少し先でもよかった」


 そう言って、航平の方を見る。


「だが、今日ここに航平がいるなら……

 中途半端にはできねぇ」


 航平は、背筋を正した。


「俺は……聞く立場でいいです。

 でも、逃げません」


 その言葉に、豊はわずかに目を細めた。


「……そうか」




 豊は、絵本に視線を落とした。


「それ……お前が小さい頃、玲子がよく読んでたやつだ」


「……うん。

 最後のページに……これが」


 美月は、メモを差し出す。


 豊はそれを受け取り、

 目を走らせる。


 しばらく、言葉がなかった。


 ただ、

 深く息を吐く音だけが聞こえた。


「……芦屋、って男がいる」


 静かな声だった。


 美月の肩が、わずかに強張る。


「お前も……顔だけは、見たことがあるな」


「……うん」


「玲子の姉・友梨の元夫だ。

 画商で……画家でもある」


 豊は、一度言葉を切った。


「玲子が……生きていた頃。

 あいつに、頼んだ絵がある」


 航平が、息をのむ。


「……完成していなかった絵だ」




 美月は、思わず問いかけた。


「……それが、今?」


「……ああ。

 芦屋から連絡が来た。

 “描き終わりそうだ”ってな」


 その言葉が、店内に静かに落ちた。


 豊は、拳を軽く握りしめる。


「正直に言えば……

 俺はずっと、そこから目を逸らしてきた」


 父として。

 夫として。


「だが……

 もう逃げちゃいけねぇ時期に来た」




 航平が、ゆっくりと口を開いた。


「……豊さん。

 俺にできることがあれば、言ってください」


 真っ直ぐな声。


「美月のそばにいる。

 それだけは……約束します」


 美月は、その横顔を見つめ、

 胸の奥がじんわりと温かくなる。


 豊は、苦笑した。


「……お前な。

 本当に、面倒なときに現れる男だ」


「……すみません」


「謝るな」


 豊は、はっきりと言った。


「美月を任せた。

 それは……もう決めてる」




 店内に、静けさが戻る。


 語られたのは、ほんの一部。

 けれど、それで十分だった。


 過去は、確かに存在する。

 だが、今は――


 未来へ向かう夜だった。


 カウンターの灯りが、

 ゆっくりと落とされる。


 物語は、

 “絵が完成する日”へ向かって、

 静かに動き出していた。


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