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妄想恋愛ばかりしていたら、金曜日に本物がきた。  作者: つなかん


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第103話 金曜日の夕暮れ──父の沈黙と、開かれた頁  

 美月は、そのまま絵本を抱えて「Bar Toyo」へ向かった。


 胸の奥がざわついている。

 理由ははっきりしているのに、言葉にするのが怖かった。


 扉を開けると、まだ開店前の静かな時間。

 豊はカウンターの内側で、グラスを磨いていた。


「お父さん」


 声をかけると、豊が顔を上げる。


「どうした、忘れ物は見つかったか」


「うん……それは、もう」


 美月は一瞬迷ってから、腕に抱えていた絵本を差し出した。


「これも……持ってきちゃった」


 その瞬間だった。


 豊の手が、止まった。


 グラスを拭く布を持ったまま、

 視線が、絵本の表紙に吸い寄せられる。


 ――何も言わない。


 ただ、じっと見つめている。


 それは驚きでも、怒りでもなく、

 言葉が、喉の奥で凍りついたような沈黙だった。


「……」


 美月は思わず息を詰める。


「お父さん……?」


 豊はゆっくりと布を置き、

 絵本を受け取った。


 表紙を撫でる指先が、ほんのわずかに震える。


「……まだ、あったか」


 低い声。


 それだけ言って、絵本をカウンターに置く。


 美月は、絵本の最後のページから落ちてきた

 小さなメモを差し出した。


「……これ、挟まってた」


 豊は、無言でそれを受け取り、

 ためらいもなく開いた。


 視線が、紙の上をなぞる。


 ——そして、目を伏せた。


 長い沈黙。


 店内の空気が、ゆっくりと重くなる。


「……美月」


 ようやく口を開いた声は、

 いつもより少しだけ低かった。


「その話はな……」


 言いかけて、止める。


 カウンターの向こう側に視線をやり、

 時計を見る。


「……金曜日の“あいつ”が来るまで、待ってくれ」


「え……?」


「お前の彼氏だ」


 きっぱりとした口調だった。


「中途半端に話すもんじゃない。

 ちゃんと、揃ったときに話す」


 美月は何も言えなかった。


 胸の奥で、何かが静かに形を持ち始めている。


「……わかった」


 そう答えると、豊は小さく頷いた。


「悪いな」


「ううん……」


 絵本は、カウンターの奥にそっと置かれた。


 まるで、

 “今はまだ開くな”と言われているみたいに。


 扉の外で、夕暮れの気配が濃くなっていく。


 今夜は金曜日。


 いくつもの想いが、

 同じ時間に集まろうとしていた。

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