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妄想恋愛ばかりしていたら、金曜日に本物がきた。  作者: つなかん


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第95話 Tuesday Night:静かに動き始める未来と、胸の奥の波紋

月曜日、火曜日——

 ふたりの時間は驚くほど穏やかだった。


 美月と航平は、店が終われば一緒に帰り、

 眠る前には未来の話を少しだけ交わした。


(……こんな毎日が続いたらいいのに)


 そんな思いが自然と胸に落ちるほど、

 美月の世界はゆっくり色を変えていた。




 火曜日の夜。

 閉店時間が近づいてきた頃、

 豊はカウンターでガラスを磨きながら娘に声をかけた。


「美月」


「ん?」


「不動産屋の件、連絡しておいた。

 ……俺の知り合いのところだ。話は通じる」


「……ほんと? ありがとう、お父さん」


 その表情は、こらえきれない嬉しさがあふれた笑顔だった。


(……同棲するってだけじゃなくて、

 本当に “自分の未来” を動かしてる顔だな)


 豊は胸の奥に温かいものが広がるのを感じた。


「明日、航平の休みだろ。ふたりで行ってこい」


「うん……行ってみる」


 美月は軽く頷いたが、

 その目はわずかに潤んで見えた。


(……本当に、旅立つんだな、お前)


 豊はその横顔を、胸の奥にそっと刻んだ。




 そんなときだった。


 豊のポケットでスマホが震える。


 画面を見た瞬間——

 彼の表情が、わずかに変わった。


(……芦屋)


 その名を心の中でつぶやいたまま、

 豊は無言で通知を開く。


 届いていたのは、短い一文。


『もうすぐ描き終わるよ。豊さん』


 それだけなのに。

 胸の奥が、わずかにざわつく。


(……来たか、芦屋)


 美月に悟られぬよう、

 豊はすぐに表情を戻した。


 けれど心臓は、懐かしさとも緊張ともつかない鼓動を刻んでいる。



 店の客が途切れ、

 美月がバックヤードへ片づけに向かった。


 そのあと姿が消えたのを確かめ、

 豊は静かに棚へ歩いた。


 そして、

 ずっと奥にしまってあった古いレコードを一枚、そっと取り出す。


 青いジャケット。

 若いころ、玲子とよく聴いたジャズのアルバム。


(……忘れてたわけじゃない。

 聞くのが怖かっただけだ)


 レコードをターンテーブルに乗せる。

 針を落とした瞬間、

 柔らかいサックスの音が店内に流れ出した。


 豊は目を閉じ、静かに息を吐いた。


(玲子……芦屋の絵が、もうすぐ仕上がるらしい)


 音楽がゆっくりと、胸を満たしていく。


(……あいつも、前を向こうとしてるのか)


 芦屋も。

 友梨も。

 そして、美月も。


 みんながそれぞれの未来へ動き出している。


(俺も……覚悟を決めないとな)


 ジャズの旋律は、

 静かな夜の店の空気を震わせながら、

 豊の中に積もっていた“過去”を溶かしていった。


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