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妄想恋愛ばかりしていたら、金曜日に本物がきた。  作者: つなかん


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第8話 Monday:会いたいのに、目が合うと息ができない

月曜日の朝。

 天井を見つめながら、胸の上に手を置く。


 ——昨日からずっと、おかしい。


 心臓が静かに、でも絶えず鳴っている。

 どこにいても、何をしていても、

 航平さんの写真が、声が、言葉が、浮かんでくる。


(今日……来るかな……)


 そう思っただけで、胸がきゅっと締まる。


 会いたい。

 声が聞きたい。

 昨日送ってくれた写真のお礼も言いたい。


 でも——


(……会うのが、怖い)


 どう接したらいいか分からない。

 今まで通りにできる自信なんて、どこにもない。


 恋を知った翌日の心は、

 こんなにも不安定だなんて知らなかった。


 夜八時。

 「Bar Toyo」は月曜日らしく静かだった。


 父がグラスを拭きながら言う。


「美月、今日は顔色が違うな」


「え……そう?」


「なんか、そわそわしてる。どうした?」


(言えるわけない……)


 頬が熱くなるのを隠すように、冷蔵庫を開けてしまう。


 何も取り出すものがないのに。


 父が小さく笑った。


「……今日、来るかもしれないぞ?」


「だ、誰が?」


「航平」


「っ……」


 手が一瞬止まった。

 呼吸も止まった。


 父はその反応を見て、気づいたらしい。

 でも、何も言わずに優しく笑ってくれた。


「お前、綺麗にしてるな。……いい顔だよ」


「やめてよ……!」


 顔が熱くて、まともに父の方を向けない。


 その時——

 扉の方から、静かなベルの音がした。


 空気が変わる。

 胸の奥が一瞬で熱くなる。


 ゆっくりと扉が開いて、

 湿った夜風と一緒に、彼が現れた。


「こんばんは」


 低くて優しい声。


 橘 航平。


 黒のジャケットに、白のシャツ。

 少し濡れた髪が色っぽい。

 目が合った瞬間、息が止まった。


「……美月。こんばんは」


「こ、こんばんは……」


 声が震えてしまう。

 どうしても、目を合わせていられない。


 昨日、一晩中舞った“あの言葉”が頭の奥で響いている。


『美月が好きそうな色だと思って』


 思い出すたびに、心臓が苦しい。


***


 航平さんはいつもの席に座る。


「今日のおすすめ、ある?」


「あっ、えっと……えっと……」


 言葉が詰まる。

 考えようとしても頭が真っ白になる。


 じっと見つめられているのが分かる。


(視線……感じる……)


 指先が震えてしまいそうだった。


 その時。


「美月」


 ゆっくり呼ばれて、顔を上げる。

 航平さんが、微笑んでいた。


「昨日の返信……嬉しかったよ」


「っ……!」


 胸が跳ねた。

 心臓が痛いほど脈打つ。


「あの……写真……すごく綺麗でした……」


「うん。美月に見せたかった」


 ストレートな言葉。

 喉の奥が焼けるように熱くなる。


「えっと……なんで、その……」


「なんで、君に送りたかったかって?」


 静かに、優しく言葉を重ねる。


「……きれいだなって思った景色を、

 一番先に見せたくなったから」


 頭の中が真っ白になった。


 息ができない。


 こんな感情、知らない。


 胸が苦しくて、でも幸せで、

 涙が出そうになる。


 カクテルを作りながら、

 航平さんの視線を何度も感じた。


 振り返る勇気はないのに。


「……ねえ、美月」


「はい……?」


「そんなに緊張してる理由、聞いてもいい?」


「……っ」


 胸がぎゅっと掴まれたようになる。


 でも、言えない。


「緊張なんて……してないです」


「してるよ」


 柔らかい声。

 優しいけど、逃げ道を封じる声。


 視線が、沈黙のまま重なる。

 息が触れそうなくらい近く感じる。


「俺のこと、少し……意識してる?」


 その言葉で、

 本当に呼吸が止まった。


 声も出ない。

 目もそらせない。


「……そう見えたんなら、嬉しいんだけど」


「っ……!」


 言葉が甘くて、

 胸に直接触れられているみたいだった。


 閉店間際。


 航平さんが席を立つ。


「じゃあ、また来るよ」


「はい……」


「美月」


 呼ばれた瞬間、

 胸が震えた。


 彼は静かに歩み寄り、

 ほんの少しだけ近くで微笑む。


 触れてはいない。

 でも——

 触れる一歩手前の距離。


「……会えてよかった」


 その一言で、

 心の奥まで甘く満たされた。


 航平さんが店を出ていく。

 扉が閉まった瞬間、

 私はカウンターに手をついて息を吐いた。


(……無理。好き……)


 言葉にした瞬間、涙が滲んだ。


 胸の中では静かに、

 確かに恋が始まっていた。


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