溺愛とか、執着とか、そういうものには相互の同意が必要です
此度の婚約は破棄となりました。国益のために結んだ婚約とはいえ、婚約者である皇太子殿下には大変、大変、………大っっっっ変!!!大切にされておりました。
あんなに愛されていたのに、ですとか、あんなに求められていたのに、ですとか、大国を相手になんてことを、ですとか。そういった感情を臣民の皆様が抱くのは当然のことと思います。
ですので今回、どのように愛されていたのかを皆様にお聞きいただきたく、また、皆様に私が学んできたことを恥ずかしながらお披露目したく、この場を設けさせていただきました。
私は帝国へ渡ってから、皇太子殿下の私室の隣に用意された部屋から一歩も出ることを許されず、着る服も、食べる物も、読む本も、諳んじる詩も、全て皇太子殿下が決めたもののみ、そんな生活を送って参りました。
現在国を動かしている重鎮から若手まで全ての方々、将来を担う若者たち、未来の帝国を支えてくれる子どもたち、お話をすることを楽しみにしていた全ての人たちとの交流は一切ございません。皇帝陛下や皇后陛下へのお目通りも五つ数えるうちに殿下に手を取られて終わりました。
懸命に学んだ嫁ぎ先の言語を話すことも禁じられ、朝は殿下に起こされ、匙を持つことも許されず、殿下が私の口の中へ運ぶものだけ摂取を許され、着替えも侍女ではなく皇太子殿下が自らお世話してくださり、世界屈指の庭師たちが手がけた庭園は部屋から眺めるのみ。
教わることは帝国の歴史ではなく皇太子殿下の生い立ちから今日までのあゆみについて。これを毎日膝の上に載せられ耳元で読み聞かせられ、終わりにはその日の学びを一問一答。
湯浴みの支度も殿下のお手配、服を脱ぐのも殿下が全てしてくださいました。
辛うじて胸から下は死守いたしましたが、髪はもちろん顔から鎖骨まで殿下が洗ってくださいます。
夜の支度も全て殿下。私が眠りに入るまで枕元で熱い眼差しを浴び続けます。
数日で眠れないと訴えれば眠れるようにと渡されたお茶は睡眠薬入り、あわや同意なしの婚前交渉です。これは影の方が殿下に吹き矢を撃ち込むことで未然に防いでくださいましたが。
そんなわけで皇太子有責で破棄となりました。私が愛するこの国の臣民を苦しめる結末にはならないと皇帝陛下がお約束してくださいましたのでどうぞご安心ください。
宮殿に入ってから出るまで、私が手にしたのは、花摘みや湯浴みの折に上げ下げする下着と、花摘みの後に拭き取る紙のみでした。しかもこの様子も殿下はにこやかに眺めていらっしゃいました。
皆さんはこれを聞いてどうお感じになりましたでしょうか。何もしなくていい生活、ただ無心に愛される生活を羨ましいと思われる方、私はそれを否定いたしません。
しかし私はそうではなかった。文を書く自由も、上達する喜びを感じながら学んだ帝国語を披露する機会も、世界最高峰と言われる帝国楽団の演奏とともに踊ることも許されず、まるで私の好みではない部屋に押し込まれ、手を動かすことも歩くことすらも禁じられる。
いくら豪奢に着飾られようとも私の心は貧民街の方々のそれより貧しい!私の心はただの五日で弱り衰え、あの時影の方が止めてくださらなければ愛するこの国に戻ることすら叶わなかったでしょう。
……ああ、今回いただきました慰謝料と賠償金の一部は貧民街の方々の生活環境改善にあてることとしております。上からの物言いで不快に思われた臣民の方々には心よりお詫び申し上げます。
親愛なる臣民の皆様。どうぞ今一度、ご自身の愛は本当に愛なのかを顧みてくださいね。
金銭的に裕福であれば幸福か。食べるものに困れば人は死にます。食べ物が買えれば肉体は飢えない。ですが人間、心が満たされねば魂は死にます。
溺愛とか、執着とか。甘やかすことを愛と信じ甘やかされることが愛されることだと信じる方々へ私は伝えたい。愛は合い。そういうものには相互の同意が必要です。
あなたの愛が独り善がりでないか、どうか今一度振り返ってお考えくださいませ。
これが、私が心身を踏みにじられて得た、人生における一番の教訓です。本日は私の話に耳を傾けてくださりありがとうございました。
いずれ(時期未定)この王女のスピーチをプロローグとして、これを聞いた人々のエピソードをオムニバス形式にしたいなと思っています。時期未定ですけど!
「連載版始めました」が好きじゃない系作者ですが、このエピソードが単体で納得のいく仕上がりだったので先に出したかったのです、ご容赦ください。自分の作品のスタンスである「アンチ溺愛/執着」を上手くパッケージングできたと思っています。




