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光を失い“凶王”となった親友を止めるため、俺は王位を簒奪した。――これは、大陸の未来を懸けた、たった二人の、最初で最後の戦いの記録。

作者: noel

ARCADIA 終焉編 〜The "ECLIPSE" chapter〜

     挿絵(By みてみん)




 ワーズウェントは新王が即位して後、血の粛清と恐怖政治が始まった。

 後に凶王として恐れられたその名は、グレン・ワーズウェント。


 緩やかに日々を生きていたワーズウェントの国民は、重税を課され、日々の暮らしにも困窮していった。

 徴収された税は次々と軍備につぎ込まれていき、凶王のその知略と武力をもって、近隣諸国を次々と制圧。

 大陸制覇も目前に迫るなか、広大な荒れ地が広がるブレイグに、ワーズウェントの魔手が迫っていた。


 その頃、ブレイグの王も代替わりを迎えていた。

 悪政を重ねた前王に変わり、弟が王位を簒奪。前王は塔へ幽閉された。

 新王 ロバート・ブレイグ即位。


 勢いに乗るワーズウェントの軍勢に立ち向かうには、ブレイグは余りにも脆弱だと思われた。


 しかし…、ロバート・ブレイグのカリスマ性の元、ワーズウェントが攻め滅ぼした国々の残党が次々と彼の元に集う。

 そして、各地から蜂起の声が上がり、圧政の元で鬱積していた民の不満が限界を超えて爆発した。

 ワーズウェントは、パンパンに膨れた風船を針で突くように脆くも崩壊した。


 グレン・ワーズウェントは、ブレイグに遠征中に首都リバースの陥落と本国軍の敗北を知る。


 グレンが落ち延びた先は、ブレイグ郊外の丘の上だった…。


 丘の上で、二人の青年が対峙していた。


「まさか…お前に追い詰められるとはな…。満足か?ロブ」


 銀髪に紫の瞳。端正なその顔はしかし、すべてに絶望し、暗く澱んでいた。

 その瞳に浮かぶのは、ただ仄暗く揺れる炎。


「グレン。お前、どうしてこんな事をしたんだ。あれほど優しかったお前が…。何が、お前を変えたんだ?グレン!!」


 黒髪に紺碧の瞳。

 不思議と人を惹きつけるその人懐っこい顔は、今は深い悲しみに沈んでいた。

 その瞳が映すのは、ただ澄み切った空の青。



 二人はかつて、この丘で互いの出自を知らぬまま出会った。

 いずれこの国の未来を明るくする為に二人で騎士を目指そうと、無邪気に笑い合った日々。

 それは遠く、今なお色鮮やかに思い起こされる。


 しかし、グレンがワーズウェントの王の子である事が彼の母の病死と共に発覚し、ロバートは、急ぎ国に帰るよう促した。


 ワーズウェントとブレイグの国際事情は極めて悪く、グレンの身に危険が及ぶと思われたからだ。

 そして自らも身分を明かし、二人が敵同士である事を突きつけた。


 それが、最善のはずだったのに。


「お前が…それを言うのか?母さんが死に、お前にも見捨てられ、僕が行ったワーズウェントの王宮はとても冷たかったよ。表向きは、皆優しいさ。だが、平民として育った僕が、どれほど辛かったか分かるか?あるのは義務ばかり。欲しいものはすべてこの手をすり抜けて…」


 手のひらをゆっくりと握りながら、グレンは怨嗟を込めた声で語る。


「心を通わせた人はいたさ。何もかも失った僕に指針を与えてくれた、太陽のような人だった。けど…彼女は死んだ。僕を狙った刺客の手に落ちて」


 きつく瞑った目。その顔は激しい痛みに耐えているかのように苦悩に満ちていた。


「グレン…!」


 そんな友の痛々しさに、ロバートはたまらず彼の名を呼ぶ。だが、その呼びかけは友の心には響かない。


「だから思ったんだ。どうせなら、すべてを手に入れてやろうって。やろうと思えば簡単だったよ。そうだろう?あと少しだったのに」


 それを止めたのは、ほかならぬロバートだ。そして、グレンを恨んだワーズウェントの民だ。


「それで、今、お前は幸せか?」


 ロバートは、グレンをまっすぐ見つめて聞いた。

 グレンは目を見開き…、そして自重気味につぶやいた。


「いいや。ただ虚しい。もう、何がしたかったのかも分からない。結局、すべてを手にしても、何一つこの手には残らなかった…」


 グレンは、先程きつく握りしめた手をゆっくりと開き、ぼんやりと手のひらを見つめていた。


「お前はこれから、裁かれる。おそらく極刑は免れない。それだけの事をしてきたからな」


 ロバートはグレンに告げる。

感情を押し殺そうとしても、叶わず、その顔が苦痛に歪んだ。

 友の絶望的な未来に。


「そうだろうな。…まあ構わないさ。やっと、終わりが来てくれた」


 グレンは荒んだ笑みを少しだけ和らげた。

 恋い焦がれた何かにようやく触れたような、切なげな微笑み。


「グレン。剣を、抜け。俺と戦え」


「……何のために?」


 訝しげにグレンがロバートに問うた。


「最期くらい、真剣にやってみたいと思わないか?」


 ロバートは柄に手をかけ、にっと笑った。

 懐かしいその笑みに、グレンも柔らかく微笑み返す。


「いいだろう。手加減はしない」


「望むところだ!」


 二人は同時に剣を抜いた。

 その刃が触れた瞬間、丘の上に激しい剣戟が鳴り響いた。


 昔、この丘で二人は同じように剣を交えた。

 あの時は木刀だったけれど。

 銀髪の少年は、打ち負かされてはベソをかいていた。

 それでも、母鳥を追うヒヨコのように、いつも黒髪の少年の背を追っていた。


 二人の剣技は互角。

 しかし、長い打ち込みにお互いの息があがった頃。

 ロバートの突きが、グレンの胸を貫いた。

 グレンはその場にどっと倒れこむ。




「お前…甘いな…。僕に…情けをかけたんだ…、な…」


 上半身をロバートに支えられ、グレンは虚ろな目で、苦しげに告げる。

 ごぼり、と口から血が溢れる。


「グレン…。俺はこれ以上…お前が泣くのを…見ていられなかったんだよ」


 友を受け止め、ロバートは力なく呻いた。 


 グレンは、一度も泣いてなどいない。

 だが、ロバートには、ワーズウェントの凶王の噂を聞くたび、いつも彼の悲鳴が聞こえてくるように思えてならなかった。


「泣いて…ない、よ…もう。これで…やっと…」


 苦しげに浅く短い呼吸は、終わりの時が近いことを如実に告げていた。


「はは…。あの頃に、帰ったみたいで…楽しかった…な…」


 絞り出すように告げ、深い息を一つ吐き出すと、世界を恐怖に沈めた凶王グレン・ワーズウェントは静かに目を閉じた。

 その頬に一筋の涙が伝う。

 丘の上の景色は昔と何一つ変わっていないのに。


 ロバート・ブレイグは、動かなくなった友を抱きしめ、空に向かって慟哭した。




 アンソニーは、隣国ブレイグの地で凶王グレン・ワーズウェントが討たれたという風の噂を耳にした。

 ここ数年、このオニクセルの地を含めた全大陸を恐怖の底に叩き落とした凶王。

 妹ジェシカが命をかけて守った男が死んだ。

 命がけで守った結果が世界征服とは。

 凶王と妹を想うとき、胸の奥が痛んだ。


 結ばれることのなかった縁は、世界の命運を塗り替えてしまった…

 この作品はARCADIA王国編という作品のスピンオフです。

 もし、グレンがヒロインと結ばれなかったら闇堕ち確実だったよねというAIさんとの対話の中で、じゃ、書いてみる?とノリノリで仕上げたものです。

 本編もなかなか悲惨なのですが、この話は更に悲惨。

 本編のテーマは絶望の先の光。

 悔恨と赦しの再生の物語ですが、このスピンオフはただただ虚無を目指しました。


 よろしければ、王国編もご覧ください。



****** 以下 王国編 プロローグより *****



  



「わたしもロブとレンみたいにこの国の役に立ちたいの!」


 エルはそう言って、皆の反対を押し切って家を出た。

 家と言うにはあまりにも大きかったが。


 ここはかつてブレイグと呼ばれていた国。

 敗戦国となった今は隣国であり、戦勝国のワーズウェントに併合され、直轄領に置かれている。

 戦乱の後、不毛で貧しかったこの北国に、医療分野や薬草を重点とした施策をワーズウェントの王子が指揮し、今は目覚ましい発展を遂げている。

 エルが憧れるロブとレンは国政に深く関わっているが、エルは国を上げて取り組んでいる医療分野に興味が強く、研究施設にも頻繁に出入りしていた。

 この度、晴れて専門の学校が開設されると知り、絶対に入学すると決めていた。

 家柄が良いからと特別扱いはされたくないので、学校の近くに家を借り、家のことは秘密にしようと心に決めていた。

 エルの意志は固い。

 所詮は箱入り娘が家を出て暮らすのはありえないと父親は号泣したし、兄たちもオロオロして止めにかかった。

 ただ一人母だけは、何事も経験と言って、応援してくれた。

 母に諭され、家族は泣く泣くエルを送り出してくれた。

 でも……。改めて思う。

 平和とは、なんと幸せな事かと。

 戦乱の世では、こんな能天気な言い合いなんてとてもできなかったと。


「本当に戦争が終わって、感謝よねー」


 平和の世に導いてくれたワーズウェントの王子グレンとブレイグの王弟ロバートに、今日も感謝を捧げたい。今の旧ブレイグの繁栄は二人の友情無くして語れない。

 エルはそうして昔に想いをはせた。


******


 丘の上で黒髪と銀髪の青年二人が対峙していた。


「はっ。まさか、敵国の王族同士がこんなところで出会うなんて、思いもしなかったもんなぁ。お互い」


 黒髪の青年が明るく笑い飛ばす口調は軽い。だが次の言葉は真剣な口調だった。


「こうして、剣を交える日が来ることも……な」


 端正な顔立ちの銀髪の青年は憂いを含み目を伏せた。


「今なら、まだ間に合う。たとえ僕を倒したとしても追っ手がかかるだけだ。今なら、助けてやることもできる…」


 だが銀髪の青年は、言葉とは裏腹に剣を抜く。


「ありがとな。分かってても、一応聞いてくれるとこがお前らしいよ。だけど、ここで別れた日に言ったはずだ。お前と俺は敵同士だと」


 黒髪の青年も剣を正面に構えた。


「俺は最後の王族として、お前とケジメをつけなければならない。おまえも自分の国の為に俺と戦うんだ」


 彼の目に迷いはない。


「だから俺は…ここにいる…」


「承知した。ならばワーズウェント軍、総大将グレン・ワーズウェントとしてお相手しよう。参られよ、ブレイグ王弟、ロバート・ブレイグ」


 銀髪の青年は冷たい表情で右手と剣をまっすぐ黒髪の青年に向けた。それが合図だった。


「行くぜ!」


 丘の上に激しい剣戟の音が、鳴り響いた…。


 

〈「1ワーズウェントの王子」へ続く〉

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