朝起きたら赤ずきんちゃんになっていた〜元色仕掛けスナイパーの場合〜
※しいなここみ様主催『朝起きたら企画』参加作品です。
たゆんと揺れる豊満でセクシーな胸元。
手を回したくなるほど華奢な腰に、思わず視線で追いかけてしまう丸くて魅力的なお尻。うふんっ。
そう、私は色仕掛けスナイパー──
……だった。
今朝からは廃業の危機。
窓から差し込む朝日に眩しさを覚え、半ば無意識にベッドから起き出す。
足が床につかないまま、尻もちをついた。固い木の床に無慈悲に押し返される。
「痛っ」
ひっくり返った足は小さい。慌てて身体の表面に両手を滑らせる。
胸元はぺったんこ、それどころかお腹のほうが出ている。
「どうなっているの?」
色気のある甘いボイスには10年早い、高く幼い声。
よろめきながら、サイドテーブルに視線を向けた。
いつもの指令が入った封筒と……赤いローブ?
まずは封筒の中の紙を読む。
任務の注意書きには“ウイルスに注意!”の警告。
(生物テロでもあるのかしら。物騒な世の中だわ)
紙の末尾にはいつもの通りの文章。
『この指令は五秒後に消えます』
端から火の手が上がると、オレンジの炎があっという間に紙を飲み込んだ。
ひょろ長い煙が短く上がり、焦げた臭いが鼻の奥に残る。
私は片眉を上げた。
(ふむ、つまりこういうことね)
『朝起きたら赤ずきんになっていた』
任務はもちろんおばあさんのお見舞い──ではなく、おばあさんの保護。
今回は赤いローブ着用の指示。
両手で広げ、頭からすぽりと着た。
胸の部分に何の引っかかりもなかったことに、頭を垂れて長いため息をつく。私は覚悟した。
色仕掛けスナイパー、廃業決定。
プリティ路線に変更するが、私だってスナイパーの意地はあるのだ。
部屋の中を漁る。
ケチャップ、ソース、塩、マヨネーズ。
(調味料ばっかりね。スナイパー的には必要かも、とにかく持っていこう)
その後も籠の中、戸棚、引き出しをくまなく探す。
毒リンゴ、針、豆。
(毒リンゴ!? 針も豆も童話の種類が違くないかしら?)
そして、窓際には──。
カエル、ケロロ。
なんだかこっちを見てる。手のひらサイズのアオガエルと見つめ合う私。
(……はっ、もしかして王さまになるかしら?)
下心が漏れる。が、その間にもカエルはハエを仕留め、朝ご飯中。
「いや、それはないかも」
乱暴に手提げ籠に集めたものを詰め込み、上には赤いハンカチをかけて小屋から出た。
肌にまとわりつく不快な湿った空気に暗い樹海。
地面はところどころ苔むしり、木の根が隆起している。
足を大きく上げて全身を使って進む。
武闘派ではないけど、それでも私は⋯⋯元色仕掛けスナイパー。
⋯⋯はぁ、失ったものは大きい。
道中に狼の遭遇に警戒を強める。
すでに食べられてしまったおばあさんを想像し、ぶるりと全身を震わせた。
あの孤独と不安の感覚が全身を襲う─“迷子”。涙目になる。
一本一本特徴を捉えようと観察するが、木の種類も見た目も同じ。
自分が付けた目印を見たのはもう三回目。
足を止めて、空を仰ぐと空を隠すように枝が迫ってくる。
疲労感に覆われる中、いきなり視界が広くなった。
* * *
【グランマズ ハウス】
建物の前の金属の案内板に感謝をする私。
森の中に異質な五階建ての建物。
建物に近づくと、童話の世界に似つかわしくない自動ドアを抜け、大理石の床、猫脚のソファに広々としたエントランスホールを通りすぎる。
(少し前までは誰かがいた気配がするのに、静かすぎる)
ざわりと逆立つ不快感、周りを見渡し眉を潜める。
「赤ずきんちゃん、誰かの面会かな?」
すると、二足歩行する狼が登場。
思わずセクシーポーズの私。
(習慣って怖いわ。幼女になってもクセが抜けないもの)
それでも狼は私を見て嬉しそうな声を上げる。
「ぐふふ、なんて美味しそうな身体なんだ」
セクシー攻撃が効いたようだ。
私の顔がほころぶ。
「そうでしょう? うっふん」
私は思わず右の腰に手を当て腰を強調。
だが、お腹の方が強調された。くすん。
ずるりと、耳障りな音。
狼の顔が歪み、床に狼の抜け殻が無造作に落ちた。
中から身体に粘着質な液体を絡ませたタコ星人が登場。
「お前の内臓はとても美味しそうだ、うへへ」
『そうでしょう? うっふん』なんて言ってる場合しゃなかった。前言撤回。
ただのやばいタコ星人だ。
「あなた、おばあさん……グランマをもう食べてしまったの?」
「これからイカ星人が来る。そうしたらぱくりと一口だ」
このタコに続いてイカが来るのか、期待なし。
「そうしたら、イカ星人は外見⋯⋯皮でも食べるの?」
「いや、内臓だが」
どうやら競合相手らしい。
(どいつもこいつも中身が好きね)
元色仕掛けスナイパーの名にかけて、物申す。
「ちょっとくらい、外見も見なさいよ!」
「えー⋯⋯はい、善処します」
この言葉が断り文句ということを知っているくらい中身が大人な赤ずきんの私。
タコ星人との対話を諦めた私は、籠のハンカチの隙間から中から素早く取り出す。
「それならあなたを先に倒すわよ!」
右手のカートリッジ銃と、
左手のカートリッジ銃を構える。
銃の引き金を引くと、ツンと酸っぱい匂いと共に光を反射する極細マヨネーズが中を舞う。
そして少し遅れて甘辛い匂いの漂う茶色の濃厚ソースがタコ星人を襲う。
タコ星人のくぐもった悲鳴が空気を揺らす。
「ぐはぁ、まだ焼いてもないのに、いい匂い〜!」とタコ星人。
青のりと鰹節がないのを残念に思う。
奥のタコ星人たちも牽制。
マヨネーズとソースの匂いに注意を引かれている隙に、タコ星人の横をすり抜けていく。
エレベーターが視界に入ったが、食べられなくても密室空間に一緒は絶対ムリ。
とてとてとてっ。
幼女の走りは遅い。
そして戦闘もロクに出来ない。
走っている間に、律儀に教えてくれるタコ星人。
敵の目的はマザーボードにある「グランマシステム」─制作者はグランマ。
それは、世界中の人に“おじいちゃん、おばあちゃんのお見舞いがしたくなる”周波を出すシステム。
これを悪用するため、敵は「イカタコウイルス」を使用し、記憶を魚介に上書きするという。
やっと、『ウイルスに注意!』の意味が腑に落ちる。
そうしている間に、非常階段の入口に辿り着いた。
鉄製の重たいドアをなんとか開けて、階段を登り始める。
三階──。
息が上がりまくって、限界。
すでに涙目の私。
そろそろ来てほしい猟師──。
おばあちゃんを悪い狼⋯⋯タコ星人とイカ星人から守ってくれるはずの存在。
膝に手をつきながら、下を向いて一段一段ゆっくりと上がっていく。
涙で滲んだ目で終わらない階段を睨みつける。
階段登りのあまりの辛さに、心の中で、五階建ての建物を作った人をひとしきり罵った。
最上階─。
グランマとグランマシステム、そしてイカ星人と対峙する。
表面が粘着物質で覆われているグロテスクなイカ。見た目はタコ星人とモロ被り。
「なかなかの食い頃じゃないか」
残念ながら、その台詞はタコ星人でその反応は慣れた。
「うっふん、おあいにく様」
距離はあったが、もう走れないので、豆を投げ、バランスを崩した隙にマヨネーズビームで撃退。
「ぐはぁ、イカ焼きにもなっていないのに、せめて醤油にしてくれー!」
叫ぶイカ。そして追い打ちのソース。
エビのように身体を反らすイカ星人。
チーン。
ベルの音とともにエレベーターが開いた。中からタコ星人が出てくる。
(やっぱりエレベーターに乗らなくてよかったわ)と、ほっと一息ついた。
「イカ星人!? あとは俺に任せろ」と私に迫ってくるタコ星人。
私の指は目にも留まらぬ速さでカートリッジ銃の引き金を引く。
かしゅっ、かしゅっ。
弾切れで大ピンチ。
「猟師が来ないわ」と、心の声が漏れる私。
「来るはずがない。俺たちがイカタコウイルスですべての記憶を魚介に上書きしてやるからな」
(なんて惨めなの。バッドエンドの赤ずきんなのね)
私は早々に走馬灯を見る心づもりを始める。
本当は、猟師とゴールインでもいいかなと思っていた。
身体的にも色仕掛けって歳じゃなくなるし、そろそろ身を固めてもいいかなって。
猟師に期待していたの。
ハッピーエンドも有りかなとか。
そんな感傷を吹き飛ばすように、タコの足が私に伸びてくる。
赤いハンカチを投げつけたが、いとも容易く振り払われた。
お話の要だった猟師も不在で、タコ星人に仕留められる寸前、覚悟した。
その瞬間──。
ビービービーとフロアに鳴り響く警告音。
『グランマシステム、防御モード。
猟師ウイルスを発動します。
クリーンアップ開始──』
「「頭の中に何か入ってくる!?」」とイカ・タコ星人。
『猟師ウイルス』─記憶を陸上生物に上書きする、ただし人類には無害。
「「あぁ! 俺の魚介の記憶が、熊、鹿、鳥⋯⋯陸上生物に上書きされたー!」」
タコ星人も、倒れているイカ星人も、頭を抱えて身体を捻った。
下の階からも悲鳴が響いてくる。
わらわらと建物を出ていくタコ星人とイカ星人は宇宙船へと駆け込み帰ってしまった。
こうして猟師ウイルスによって、グランマとグランマシステムも守ることが出来、任務は完了した。
そして、ご褒美はちゃんと最後にやってくる。
奥から出てきたのは人の良さそうなおばあさん。
その後、前髪の長いすらりと背が伸びた青年が出てくる。
「猟師ウイルスの作成者です」
長い前髪の隙間から覗いている綺麗な若緑の瞳。
私の胸は大きく鳴った。
(恋の予感……!?)
「私は……」と、人生で初めて本当の名前を伝えた。
──色仕掛けは卒業、でも狙いは外さない。名前も、心も。
お読みいただきありがとうございました。
コンピューターウイルスの“イカタコウイルス”から着想しました。
このイカタコウイルスは魚介の画像にデータを上書きしちゃう恐ろしいウイルスです(実話)




