転生モブ、隠れ家にて
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スズヒ視点
川のせせらぎが、風に乗って静かに耳をくすぐる。川辺に伸びる細い獣道を、俺は足早に進んでいた。日が傾き始めている。空はすでに茜色に染まり始め、辺りに長い影を落としていた。
「……急がねぇと」
ここは、かつて俺が読みふけったファンタジー小説の世界だ。舞台としては美しい。しかし、現実として生きていくには過酷すぎる。人間の命は軽く、秩序も曖昧、そして運すらも敵に回る。
そんな世界で生き延びるには、まずは安全な拠点の確保が最優先だった。だからこそ、今こうして川の近くにある“目印”を探している。
「……あった」
立ち止まり、目を凝らす。そこには木の根元に、小さな刻印が刻まれていた。苔に覆われていて一見すると気づきにくいが、俺には見覚えがある。これは『アナセカ』——作中に記されていた隠れ家の目印だ。
心臓が高鳴る。俺の知識は通じる。この世界はフィクションではなく、現実なのだ。
俺は手を伸ばし、木の幹にあるマークを記憶通りの順番でなぞった。すると
「ゴゴゴゴ……」
重々しい音を立てて、木の幹が左右に割れ、隠された扉が現れた。
「……おお、本当に開いた」
目の前に広がったのは、薄暗い洞穴のような空間。中へ入ると、六畳ほどの広さに、埃をかぶった棚と古びたテーブルがぽつんと置かれていた。
決して豪華ではない。だが、今の俺には十分すぎる拠点だった。ようやくひと息つける場所を見つけたという安心感に、自然と肩の力が抜けていく。
「ふぅ……寝てぇ……けど、今のうちに色々メモっとかないとな」
そう呟きながら、俺は背中に背負っていたバッグに手を伸ばした。そして——
「あれ? ……あぁ、そうだった。俺、転生してんだった……」
思わず苦笑がこぼれる。癖で筆記用具を探してしまったが、そんなものがあるはずもない。なにせ、俺が転生したのは“孤児の少年”なのだから。
この少年、実は物語の序盤に登場するモブキャラだ。主人公マギスの財布を盗もうとして、見事に返り討ちにされる。その後、衛兵に突き出され、町の人々にボコボコにされ、最終的にはマギスの手で命を落とす—そういう悲惨な運命を辿る存在だった。
正直、原作を読んでいたときは複雑な気持ちになった。マギスの正義感は理解できるが、やり過ぎだと思った。あれは少年を裁くというより、感情の捌け口にしているようにしか見えなかった。
「……この命、大切に使わせてもらうわ、少年」
誰に言うでもなく、呟いた。
拠点を確保できた今、次に考えるべきは行動の指針だ。この世界には、主に三つの国家が存在する。
ひとつは「ダイコック」。おそらく今の場所から一番近い。資源が豊富で、国民性も比較的穏やか。人口は少ないが、個人の戦闘力が異常に高く、他国からの侵略を幾度となく跳ね返してきた。何より、主人公マギスの出身村もこの国にある。
他のふたつは「タッマージ」と「クゥーベ」。どちらも癖が強い国で、俺のような身分では生き延びるのは厳しいし、たどり着くのも難しい。
「必然的に、ダイコック一択……か」
だが、ひとつ問題がある。今が物語のどの時期なのかが分からないのだ。
もし、物語が始まった直後であれば、ダイコックは国境の警戒を強め、外部の人間の侵入を極端に制限している時期かもしれない。入国はおろか、近づくことすら危険だ。
さらに、あの事件——マギスの幼馴染が命を落とす悲劇が、もう起こっているとしたら……。
「あれが、マギスの正義感を歪ませた一因だと、俺は思ってる」
原作を読み込んでいたからこそ分かる。あの悲劇が、彼の価値観にどれほど大きな影響を与えたか。あれがなければ、彼はもっと柔軟な人物になっていたはずだ。
俺は知っている。この世界の未来を。マギスの周囲にいる者たちは、ストーリーが進むごとに命を落としていく。小説として読む分には感動もあった。だが今やこれは現実であり、誰かの命が失われるのをただ見ているなど、胸クソ悪い。
「俺は違うゴールが見たい。」
知識というアドバンテージが、俺にはある。ストーリー通りになんてさせない。あの幼馴染だって、救ってみせる。彼女は可愛いし……いや、それは冗談としても、大切な命だ。
「せっかく、この世界に来たんだからな。仕事がとか、お金がとかもう関係ないし、嫌な上司もいないしなw やりたいようにやるか。」
俺は決意した。
モブで終わるつもりはない。名もなき孤児の少年として生を受けたが、この世界での“役割”を、自分の手で選び直す。そして、前世で生きる目的を与えてくれたキャラ達も…
埃だらけの隠れ家の一角に腰を下ろし、俺は天井を見上げた。俺が守りたいと思う命も、きっと守れるはずだ。
まだ日は沈みきっていない。だが、暗闇はすぐそこまで迫っていた。
——俺はこの世界で、生きていく。
変えようか。この物語を。
不定期投稿になりますが、ご容赦ください。
週一は出せるように頑張ります。




