王都の空、歩幅の先に〜不器用な青年と聖女の旅路〜
草の香りが風に混じって、主人公の鼻腔をかすめた。
短髪で精悍な顔立ちの青年は、王都へと続く草原の一本道をひとり歩いていた。
田舎の村を出て、冒険者として新しい生活を始めるために。
二十メートルほど前方に、白い神官服を着た女がいた。
すらりと伸びた背筋、軽やかな足取り。
彼女もまた、王都へ向かっているようだった。
歩幅の違いで、徐々に距離が縮まっていく。
やがて追いつき、すれ違おうとしたその瞬間──
「あなた、王都に向かってるの?」
思いがけず、女の方から声をかけられた。
青年が目を向けると、切れ長の目に二重瞼、涼しげな美貌がそこにあった。
「……そうだけど、それが何か?」
戸惑いからか、ぶっきらぼうな返答になった。
女は気にした様子もなく、にこりと微笑んだ。
「なら、一緒に歩かない? この辺り、モンスターが出るから」
青年はうなずき、二人は並んで歩き始めた。
沈黙が長く続いた。
女は平然としていたが、青年は胸の鼓動を抑えるのに必死だった。
王都が見えた頃には、彼は精神的にぐったりとしていた。
だが女は名乗りもせず、笑顔でこう言った。
「楽しかったわ。ありがとう」
そして別れた。
王都の門前で青年は足を止めた。
そこへ──
「よう。待たせたな」
眼鏡をかけた剣士の男が現れた。
青年の先輩であり、三年前に先に王都へ出てきた人物だ。
「旅はどうだった?」
「……ちょっと、変わった出会いがあってな」
二人はギルドへ向かった。
青年は、先輩の冒険者パーティーに入ることになっている。
ギルドのテーブルに座ったところで、先輩の通信用魔道具が鳴った。
「少し用事ができた。ここで待っててくれ」
青年はオレンジジュースをすすりながら、静かな時間を過ごしていた。
すると──
「また会ったわね」
見覚えのある白い服。
あの女が、青年の正面に座った。
「……どうも」
女は、自分が“聖女”であり、冒険者でもあることを話した。
待ち合わせ相手がまだ来ていないという。
そこへ、先輩が戻ってくる。
女を見て目を丸くし──
「君たち、知り合いだったのか?」
そう、女は先輩のパーティーメンバーだったのだ。
その後、四人──青年、先輩、聖女の女、そして先輩の妹である魔法使いの少女でパーティーが結成された。
戦い方を教わり、冗談を言われ、甘えられ、王都での生活が始まった。
そして、ある日。
「悪い、妹が熱を出してな。今回のクエスト、二人で頼めるか?」
青年と女だけでクエストに向かうことになった。
緊張はあったが、王都での生活にも慣れ、会話は自然になっていた。
「そう言うことならしょうがないわね。行きましょう」
クエストの道中で、ふたりは徐々に打ち解け、自然と笑い合うようになった。
目が合えば少し照れ、けれどそこには確かな気持ちが芽生えていた。
だが、それは脆くも崩れた。
ある日、先輩の妹がぽつりと漏らした。
「そういえばあの人、婚約者いるんだって」
「……誰だ?」
「王太子様らしいよ」
世界が静まり返った気がした。
女の婚約相手は、先輩ではなかった。だが、それ以上に遠く、手の届かぬ存在だった。
ほどなくして、王都では盛大な結婚式とパレードが催された。
白馬に乗った王太子、その隣に、あの女──聖女が微笑んでいた。
群衆に紛れ、青年は先輩とその妹と並んでパレードを見つめていた。
横目で先輩の顔を見ると、その目に、言葉にできない何かが宿っていた。
想いを言葉にすることなく、それでも共に生きる仲間たちがいた。
王都の空は高く、遠く。
そして、これからも、物語は続いていく。
──終わり──