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5. 封印石・人質奪還作戦

 あれから数時間としないうちに、帝都は化元体を摂取し、千路と一緒に封印石・人質奪還作戦に向かった。その間、凉ははなとキャンピングカーで待機することになった。

「はなさんは行かないんですね。とても強いのに」

凉は熱々のカップラーメンに息を吹き掛け、冷ましながら少量ずつすすった。

 はなは、帝都の手当に使った器具を片づけながら、こう答えた。

「補欠要員。それに、凉くんの保護も大事な仕事だからね……って言っても、気まずいよね。帝都くんじゃなくてごめんね」

「いやいやいやいや、全然そんなことないです!」

凉は顔を赤らめながら、全力で首を振った。

 帝都の名前が出てきたところで、キャンピングカーまでの帰路でのことが思い出される。

「もし今夜の奪還作戦を失敗させたら、おとなしく東京に帰るか?」

突然、予想だにしなかった提案が成された。凉の胸内には、感謝や嬉しさよりも驚愕が優った。

「え? あ、いや、その……大丈夫なんですか? 団に迷惑では?」

「別に。千路に飼われてるだけだから、問題ない」

「千路さんに迷惑掛かりません?」

「多少は大丈夫だろ。あいつ、団長に気に入られてるから」

 凉はしばらく悩み、遠慮がちに口を開いた。

「そうしてくれるならありがたいですけど……何で急に?」

帝都はそっぽを向き、こう答えた。

「とっとと帰って欲しい、それ以外ねぇよ」

 回想から戻る。今もなお、その提案が引っ掛かっていた。

 ある意味、はな以上に不思議な人物かもしれない。帝都について訊ねようとしたところで、突然、キャンピングカーのドアがノックされた。

「凉くん、申し訳ないけど代わりに出てくれる?」

てっきりはなが応じると思っていた凉は、驚きこそしたが、断る理由もないので、箸を置いて立ち上がった。再び三回ドアが叩かれたので、「はーい」と返事をし、急ぎ足で向かった。

「ありがとう、ごめんね」

はなはフードを深く被り、奥に消えた。

 凉はドアの前に来ると、覗き窓を開けた。三十路前後の気弱そうな男性が映っていた。

「どちら様ですか?」

「け、血盟士団の浜町(はままち)基樹(もとき)です。千路さんに用があって来ました」

少し高めの声が返ってきた。血盟士団の団員にしては、どこか心許ない印象を受けるが、千路を知っているからには事実なのだろう。

 凉はドアを開けた。

「おっさんなら今いませんよ。封印石取りに行きました」

「あ、えっとその件なんですが、作戦が急遽変更になりまして……」

浜町と名乗った男の瞳は、自信なさそうに右往左往していた。その視線が一瞬、土足入れで留まった。その先には、やや女性寄りのデザインの、小さめサイズのスニーカーがあった。

 凉が視線を戻すと、相手は別の方向に目を逸らした。

 凉は、不信感を露わにしながら、毅然とした口調でこう訊ねた。

「本当は、何の用ですか?」

「作戦変更、です。信じてください」

ぼそぼそとした声が、余計に怪しさを掻き立てる。凉は、目の前の男を微塵も信用していなかった。黙って睨みながら、立ち去るのを待つ。最中、

「すいませーん」

別の男性がやってきた。彼は浜町に気づくと、会釈した。

「どちら様ですか?」

凉が浜町同様に質問する。男性は、応対しているのが凉と知ると、あからさまに不機嫌そうな態度に変わった。

「千路さんどこ?」

「封印石取りに行ってます」

「いないんだよ」男性が即答した。「作戦変更を伝えに行ったらいなかった。しかも何故か、無線も繋がんねーし」

どうも、浜町が嘘を吐いているというのは勘違いだったようだ。凉は決まり悪そうに目を伏せた。

「携帯で伝えてみます」

「頼むよ。第二部隊が壊滅した可能性があるため、作戦Cに変更。急いでな」

用件が済むや否や、男性はすぐに走り去った。浜町も後を追いかける。

 凉はドアを閉めて施錠し、覗き窓を閉じた。

「電話に出ない」

さっそく千路に連絡を入れていたはなが、そう告げた。

「妨害電波でしょうか?」

凉が、先程の団員の発言を思い出して言う。

「いや、携帯の電波は大丈夫そう。ただ、千路さんが出ない。いるはずの場所にもいないって話だし、何かあったのかもしれない」

はなはそう言い、テーブルの上に投げ出されていた車の鍵を手に取った。

「僕は待っていたほうがいいですか?」すかさず凉が訊ねる。

「うん――いや、何かあると悪いからついてきて」

 二人は、キャンピングカーを降りた。日没からだいぶ時間が経ち、空には無数の星が瞬いていた。

 凉が、空からはなに視線を移すと、ちょうど車に鍵を掛けていたところだった。

「どうやって探しますか? そもそも、ここから歩いて行ける距離なんでしょうか?」

「大丈夫」

何がどう大丈夫なのか訊ねようとした瞬間、はなは急に凉を抱きかかえた。

「うわっ」

「跳ぶよ。落ちちゃうといけないから、暴れないでね」

掛け声と同時に、はなは夜空に向かって高く跳躍した。

 いわゆる『お姫様抱っこ』をされるのは、幼少期以来だった。抱きかかえられながら地上を見下ろすことに至っては、初めてだ。

 コンサートホールの屋上から駅・ビル・ホテルと、高い建物の上に飛び乗りながら、東のほうへと移動する。建物の照明だけでなく、信号や街灯すら眠りにつき、暗かった。

 はなが跳躍するたび、凉の頬を冷たい風が殴りつけた。

 その風に慣れた頃、遠くに見えていた山岳地帯が目前へと迫っていた。足場も、建造物から木へと移り変わり、全身を包む空気の温度が、わかりやすく下がっていた。

 眼下に敷かれた、疎らな町や自然。それらを眺める凉の口から、白い息が零れた。

「高いところ、苦手?」

気づいたはなが訊ねる。凉は首を横に振った。

「いや。登山に行ったときのことを思い出して」

「へぇ、いいね。どこに行ったの? 東京だと高尾山(たかおさん)とかかな?」

「はい。二日ほど前に」

「何か見れた?」

 凉は重々しく目を伏せた。

「いろいろ、もう少しちゃんと見ておけばよかったと思っています」

 登っているときのことも、頂上に着いたときのことも、何も覚えていなかった。唯一記憶に残っているのは、「疲れた」という単語が頭の中を占めていたことだった。

 凉にとって、登山は特別なイベントではなかった。初登山が十一歳と遅かったのも、単に興味がなかったからで、登りたいと思えばいつでも登ることはできた。

 しかし、葵は違う。

 以前、生まれつき盲目だった人が、手術で視覚を獲得し、初めて世界を目にして感激する映像をテレビかインターネットで見たことがある。葵にとっての登山は、まさにそれと同じなのだと、今になって気づかされた。

 ――今度さ、一緒に走ろ!

 山登りどころか、軽い口約束さえも叶えられなくなってしまった。

「一緒に登ったんだ? 葵ちゃんと」

凉の様子から悟ったらしい。はなの質問に、凉は頷いた。

「葵には今まで、学会とかセミナー、シンポジウムに何度も付き合わせてきました。どれも小学生には難しい内容です」

「大人でもわからないんじゃないかな?」

「確かに」凉が苦笑する。「それでもあいつは、毎回『楽しそう!』ってついてきて、『よくわかんないけどすごかった』って言うんですよ、爆睡しておきながら。それなのに僕は、登山一つに文句ばっか言って、へたり込んで。本当、最低ですよね」

 空に、薄っすらと暗雲が掛かった。月明かりが弱まり、凉の瞳から光が消える。

 家屋の類はすっかり消え、ガードレールと生い茂った木々・高台に囲まれた一本道だけが視界に居座り続けた。まもなく、変わり映えのない景色に点々と建物や看板が現れ始めた。同時に、空を覆う雲が消えた。

「そろそろ蔵王温泉の拠点だよ」

 しばらくぶりの月光が、はなの口元を照らした。凉はゆっくり顔を上げる。

 はなは横への移動から、より高い場所への移動に切り替えた。木の枝を乗り移りながら、高台の上を目指していく。決してありえないことだとは理解しながらも、凉には、だんだんと月が近づいているように感じられた。

 やがて、ロープウェイの柱の上に静止した。足元に小さな温泉街が広がる。凉が眼下の景色に息を飲んでいると、はながこう呟いた。

「後悔を減らすことはできないけど、増やさないようにすることはできると思う」

 はなが、柱から大きく跳躍し、飛び降りた。風を受けてフードが軽く靡く。凉は浮遊感に怯え、目をきつく閉じながら、はなのパーカーにしがみついた。

「いた!」

はなが声を上げた。凉は反応して下を見たが、暗くてほとんど何も見えなかった。次第に高度が下がっていき、湖から少し離れた広い空き地が近づいてくる。そこに二つの人影が見えた。さらに下がると、それが千路と帝都であることが確認できた。徐々に、声も聞き取れるようになる。相談というよりは、何か揉めているようだ。

 はなの両足が地を踏み締め、凉の身体がゆっくりと下ろされた。

「水野、どうした?」

二人に気づいた千路が、手早く腕と脇腹で帝都の首を挟み込み、拘束する。

 はなは、作戦変更の件を伝えた。その傍らで、凉が帝都に目配せする。帝都は、苦しそうに顔を歪めて千路を睨み、凉に視線を戻した。凉は無言で小さく頷き、こっそりと移動を始めた。

「それで、こんなところで何をしているんですか?」

用件を伝え終えるや否や、はなが訊ねた。千路は帝都を一瞥した。

「桜木の様子がどうもおかしい。悪いが見張っていてくれな――」

 最中、背後から凉が千路の股間を蹴り飛ばした。弾みで帝都が解放され、全速力で逃走した。

「おっさん、ごめん!」

凉は手を合わせながら軽く頭を下げ、すぐに帝都の後を追った。背後からはなの叫び声が聞こえるが、無視して走り続ける。

「おそらく奇襲はもう始まっている。急ぐぞ」

先を走る帝都が、前を向いたまま声を張り上げた。凉は頷いた。

 木々の間を全力で駆け抜け――ているつもりだったが、帝都の背中はだんだんと遠ざかっていった。息が絶え絶えになりながらも、凉は休むことなく足を動かす。

 学校の駐車場に到着した。凉は苦しそうに息を吐きながら、先に到着し車の陰に身を潜める帝都の隣に座り込んだ。

「大丈夫か?」

帝都が小声で訊ねる。凉は説得力のない表情で、こくりと頷いた。

「無理するなよ?」

帝都は凉から視線を外し、グラウンドを覗き込んだ。凉も帝都に倣おうとする。

「見ないほうがいい」

すかさず帝都が制した。

「どうして?」

凉は質問しながら覗き込んだ。

 真っ先に異臭が鼻を突いた。血生臭さと、どこかで覚えのある不快な臭いだ。続いて、信じられない光景が視界に飛び込んできた。

 一帯に転がる人の死体。中には、化け物の死体も混ざっていた。まるで、戦争か大災害直後の被災地のような有様だった。

 あまりのショッキングな光景に、凉の頭の中は一瞬フリーズした。正気を取り戻してもなお、頭を殴られたような衝撃が尾を引く。

 凉は、祈るように生存者を探した。

 奥に、成人三人と小さな影がひとつ、向かい合わせに立っているのが見えた。

「間に合わなかった」

 帝都の零した一言で、何が交わされているのかを理解した。

 団員たちが、長髪の少女に話し掛ける。

 ちょうどそのタイミングで、凉の隣にはながやってきた。彼女は直ちに状況を把握し、無言で身を潜めた。三人は固唾を飲みながら、団員たちと葵のやり取りを見守る。

 団員の一人が右手を差し出し、保護を持ち掛けた。

 葵の回答は――一歩退き、首を横に振った。

 刹那。潜んでいた何者かが、三人に切りかかった。三人はその場に倒れ、動かなくなった。

「天狗」

すかさずはなが飛び出そうとする。しかし、

「誰かに見られたらまずい」

すぐに帝都が引き止めた。はなは唇を噛み締め、前に出した右足を引いた。

 直後、死体や周囲の自然に紛れて隠れていた団員たちが、いっせいに飛び出した。何十の人影が、暗闇の中で蠢く。

 数的には、圧倒的に勝っていた。だが、実際に起きたのは敵側の一方的な蹂躙だった。

 戦いに身を投じる団員たちが、妖化した先から成す術なく切り刻まれていった。あるいは、人間のまま背後から心臓を貫かれる。首を刎ねられる。まるで死にに行っているのではないかと思うほど、あっさりと殺されていく。

 そこが地面だろうが死体があろうが関係なしに、敵は戦場を縦横した。死体や弱った団員を盾にしながら、一体一体着実に団員を殺していく。

 たった数分で、天狗と葵以外の動く影がなくなった。天狗は武器を収めると、葵を抱いて飛び去った。


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