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煌めくシャンデリア。腕を組んで昇る階段。踊り場で娘のドレスがふわりと翻った。さながら風に戦ぐ大輪の花のように……
見上げる二階舞踏室から漏れ聞こえる楽曲。
「素敵! ねえ、聞こえて? あの調べ! 〈美しき青きドナウ〉だわ! 私、この曲大好き!」
「ふむ、君はシュトラウスがことのほかお気に入りに入りだものな?」
「ああ! この曲は、今夜は私たち二人だけのために奏でられてるのよ! 婚約を祝して……」
「ハハハ……では、そう思うことにしよう」
待ちきれない、というように娘は階段を駆け上がる。
流れ来るバイオリンの調べ。娘は将来を託したその人の肩に手を置いて、もう片方は温かい大きな手の内に預けて踊りの輪の中へ――
「ねえ、聞こえて? あの調べ?」
「ええ、確かに。聞こえますよ、お母さん」
母の枕元を離れ、青年は慌てて縁に出る。
郊外のあばら家、朽ちた生垣の向こうから軽やかに流れてくるバイオリンの調べ。
それを奏でていた者こそ――
「あ、貴方は五階百貨店の――」
「今宵、心を込めて奏でさせていただきます。次は何がご所望でしょうか?」
「……お母さん、次はどの曲がいいかって」
「〈ウィーン気質〉がいいわ! それから、〈こうもり〉もお願い!」
「諾」
ストラディバリウスを顎に当て、光太郎は弾き始めた。
何年ぶりだろう? 欧州留学を中断し帰国して以来、こうして音楽を奏でるのは? もう二度と触るまいと思っていたのに。だが、今夜は久々に心行くまで弾き浸ろう……!
流れ来る素晴らしいバイオリンの調べ。
娘は舞踏の輪の中へ滑りだした。――最愛の人の肩に手を置いて、もう片方は強くて優しい手の内に預けて、輝く未来へ踊りだす……
土屋某なる青年が秋月光太郎に託した刀は、俗に言われる処の〈葵崩し菊紋の太刀〉――
水戸九代藩主徳川斉昭作刀の逸品である。斉昭公は銘を切らない代わりに独特の紋を彫りつけることで知られている。〈時計紋〉とも呼ばれるそれは菊の花弁を思わせる。妖しくも交換した舞踏服のその色と重なるのは、モチロン、偶然である。
この名刀を元手に光太郎は再び欧州へ音楽修行に戻ったとか。
かくのごとく、五階百貨店は素晴らしき場所なり。
そこへ行けばあなたも、失くしたモノやずっと探している大切なモノを必ず見つけられるはず。もちろん、手放したいもの、処分したいものも、なんでも並べられます。
《 了 》




