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拳技の王  作者: いろは
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序章

 僕は昔から勝てる勝負が好きだ。

 いつだって勝てる勝負に前向きに取り組んできた。

 でもみんなそうでしょう?運動が得意な人は運動を極め、勉学が得意な人は勉学を極める。


 至極当たり前の話だ。ただ、そういった人間と僕の違いはどこまで行っても凡人であることだ。


 僕にだって得意なことの一つや二つあるが、それは凡人の範囲内。上には上がいる。特にこの剣と魔法の世界では上の存在に嫌というほど打ちのめされている。


 僕が現在住まう地。「中央国アズリビア」は長年の繁栄を誇る巨大な帝国。この巨大帝国の中心にはそびえ立つ三つの塔が特徴的な学園がある。この学園こそがこれから僕が通う「リンドヴァース学園」。国が管理しているこの学園はいわゆる名門校だ。全国より優秀な学生を集め、最先端の教育の元、より優秀な人間に成長させ、世界に排出している。


 凡人なのに名門校?ちゃんと裏があるのだが、それはまた後で…


 日もまだ登りきらない明け方。学生寮の横にある訓練場から僕の一日は始まる。


「はっ!はっ!」


 毎朝、剣の素振りをすることが僕、「レイ・ウォッチ」の日課だ。

 この日課を毎日続けていることが僕の自慢だ。凡人は凡人らしく積み重ねが大事だ...と自分に言い聞かせている。


「おう!レイ!朝から性が出るなぁ!」


 日課も終わりに差し掛かったころ、力強い声と共に寮の階段からガタイのいい顔の整った金髪の青年が下りてきた。

 こいつは同じ学校に通い同じ寮で暮らす、「ベント・クルーガー」。

 ベントはこのリンドヴァース学園の「剣」に関して非常に優秀な成績を収めている。いわゆる「天才」だ。聞く話によれば家柄も名門で数々の凄腕の剣士を排出してきたとか…

 立ち振る舞いもどことなく気品がありなんで僕なんかとつるんでいるのか不思議なくらいだ。


「もうすぐ学園にきて初めての模擬試合だからね!君にも勝たないといけないし!」


 負けじと僕も階段のベントに向かって叫ぶ。しかし、この叫びは嘘である。情けないことだが勝てるとは微塵も思っていない。


「ははは!俺もうかうかしていられんなぁ!」


 余裕だなぁ...だが悪気はないのだろう。僕も嫌な気持ちにはなっていないが悔しい。

 こいつには勝てない。競っても追いつけない。と内心あきらめている自分に腹が立つ。

 そんな僕の気持ちもいざ知らずベントが階段から叫び返す。


「お前も朝飯がまだだろう?よかったら一緒にどうだ!」


 すかさず僕も叫び返す。


「わかった!今行くよ!」


 僕は昔から勝てる勝負が好きだ。

 だが15歳にしてだんだん現実が見えてくるようになった。

 上には上がいる。これが現実だ。


 ・・・


 支度を済ませた僕は寮の前で待っているベントを見つけるが…女生徒がベントを取り囲んでいる。ベントはそれを困った表情で対応している。

 いつものことだ。しかし、毎回女生徒は別の集団。モテますねぇ~。

 羨ましそうに視線を送っている僕にベントが気づき、ベントがホッとした表情で声をかけてきた。


「遅いぞ!レイ! ごめんね。友人と待ち合わせていたんだ。」


 女生徒の話を無理やり終わらせて僕と合流し、逃げるように食堂に向かった。


「相変わらずのモテっぷりだね~。こんな朝からなんのお話だったんだい?」


 冷やかすように問いかける。


「友達になってほしいだって、わざわざこんな朝早くからそんな宣言しに来なくても友達ぐらいいくらでもなってあげるのにね。」


 きっと女生徒の真意はその先の付き合って彼氏彼女の関係になってほしいまで繋がるのだろうがベントは気づいていないんだろうなぁ。こいつは昔からそうだ。剣は一流なのに男女交際に関しては本当に疎い。

 それなのにいいよる女性が後を絶たない。

 え?僕?いらないだろそんな情報、察しろよ。


「ああ。今の時間ならまだ生徒も少ないだろう。早く行こう。今日の献立はなんだろなぁ」


 そんなことよりとベントが話題を変える。普段からキリッとした表情のベントでは想像もつかない崩れた表情。無理もない。このリンドヴァース国立学園は国が経営する学園のため潤沢な資金から繰り出される絶品料理の数々が毎日振舞われる。


「ははっ相変わらずベントは食事の時だけ子供っぽいんだから」


「当たり前だ。食事は俺の趣味のようなものだ。趣味を子供のように楽しんで何が悪い。」


 ごもっとも。かくいう僕も少し浮き足だって食堂に向かう。


 意気揚々と僕たちが食堂の扉を開けると…

 瞬間、けたたましい食器が割れる音ともに怒声が響き渡る。

 大勢の人集りを掻き分けて様子を見ると

「無能のFランク風情が!何のつもりだ!」

「そうだ!なんて非常識なやつだ!」

「…」

 顔がそっくりの青髪の背が小さい双子のように顔が似ている青年が交互に叫ぶ。その少し後ろに赤髪の物調ずらの青年がいる。

 三人の眼前には怯えてうずくまるひ弱そうな黒髪の青年と壊れたテーブルや食器の無惨な光景が広がっている。


 いじめだろうか…


 この学園ではありとあらゆる事が採点基準にされA~Fのランク付けがされいる。Aに近づくほど優秀な生徒となる。

 が、日常生活の姿勢は採点基準には含まれていないようで、高いランクの生徒が低いランクの生徒をいじめることはよく見られる。


「おい、それぐらいにしておけ。」


 ベントが颯爽と間に割ってはいる。

 さすが正義感の塊のような男だ。またファンが増えてしまう。


「なんだベント!そこをどけ!少し剣が得意だからって調子に乗りやがって!」

「剣がなければおまえなんてただの木偶の坊じゃねぇか!」

 青髪の二人が叫びながらベントに向けて杖を向ける。


『『ヒョーマ・アロー!!』』


 二人の杖の先から氷の塊がとばされる。

 氷魔法!しかも詠唱なしだ。制服からして僕と同じ下級生なのにすごい…!

 …だが相手が悪い。


「フン!!」


 ベントが腕を大きく振るい風圧で氷の塊を叩き落とす。


「「な!?」」


 青髪二人が驚愕する。

 おそらく二人の最高出力だったのだろう。

 それを難なく突破されたのであればあの反応も無理もない。


「ズール、ベージそれぐらいにしておけ。お前らでは敵わん。帰るぞ。」


 赤髪の青年がベントを睨みながら吐き捨てるように口を開き、食堂を出ていく。


「オ、オリンズ様!」

「待って下さいよー!」


 そっくり顔の二人は「ズール」と「ベージ」と言うのか…そして赤髪の青年は「オリンズ」…

 ズールとベージは典型的な腰ぎんちゃくのような動きでオリンズを追いかけて食堂を後にした。


「ベント!大丈夫か!?」


 駆け寄る僕にベントは軽く手を振り答える。


「問題ない。少しかすっただけだ。」


 よく見ると腕が傷だらけだ。やはりベントといえどあの威力の氷魔法を生身で弾いたのだ。ただではすまなかったのだろう。


「ベント先輩!大丈夫ですか!?」


 そこに黒のポニーテールがよく似合う活発そうな女の子が野次馬を押しのけて駆け寄る。彼女は中等部のベントを慕う後輩「ミリア・ライノス」だ。


「ミリア!?お前合宿でしばらくいないんじゃなかったのか!?」


 焦るベント。腕の傷よりミリアがいることの方がベントにはどうも不都合だったらしい。顔が真っ青になる。

 僕はわかる。きっとあの事だろう…


「あたしの相手になる人間がいないので帰ってきました!やっぱりベント先輩と手合わせするのが一番成長できる気がするんですよねぇ~ってそんなことより医務室に行きましょ!手当てしてあげます!」


「い、いや!俺はこれからレイと飯を食べる約束が…」


 捲し立てるミリアに逃げようとするベント。


「いやいや、治療が先だよ。ご飯はまた今度ね」


 突き放す僕


 ミリアはベントを軽々しく持ち上げる。あの小さな体のどこにそんな力があるのだろうか…


「では!レイ先輩!失礼します!」


 担がれたベントは「裏切り者~」と叫びながらミリアと共に食堂を後にした。

 相変わらずベントのことになるとすごい勢いだな。


 いつの間にか野次馬は解散しており残ったのは僕と壊れたテーブルと食器だけだった。

 そういえば黒髪の青年もいなくなっている…

 はぁ…片付けるか…


「…運がないなぁ」


 思わず口に出てしまう。


 悪態をついていると惨状の中に黄土色に輝く拳位の石が転がっていることに気づいた。


「なんだこれ?」


 拾い上げようと振れた瞬間、自分の視界が暗くなる。

 いや正しくは急に日が落ちたような薄暗さを感じた。

 辺りを見渡すと自分がたっている場所が食堂ではないことに気づく。辺り一面平面の薄暗い空間。


「なんだ…これ…」


 再度呟く。それほどに衝撃的な感覚。

 同時に殺意に似た感覚が空間をおおっている。暗い暗い憎悪の感情が僕を突き刺す。


「貴様の求めるものはなんだ?」


 背後から冷たい声が聞こえる。振り替えるのが怖い。体を動かすことすらままならない。それでも体をゆっくりひねる。怖い、怖い、怖い。そこには長い白髪と立派な白いひげを生やした老人が背の高い椅子に腰かけてこちらをじっと見つめている。その瞳はとても冷たくて暗いものだ。よく見ると体は老人のものとは思えないほどの鍛え上げられた肉体だ。そして、生々しい古傷がいくつも見える。


「貴様の求めるものは何だと問うている。」


 僕はハッと我に返り。言葉を探す。


「い、いや…急にこんな場所に飛ばされて……欲しいものなん…て何も…」


 言い切る前に言葉が詰まる。

 欲しいものがあるからだ。

 勝てる力が欲しい。漠然と何物にも勝てる力が欲しい。そう思い今まで努力してきた。しかし、ダメだった。僕はどこまで行っても凡人なのだ。

 それをこの老人は解決してくれるとでもいうのか……


「目的のない努力は実を結ばんぞ。」


「ッ……!」


 老人は見透かしたように語りかけてくる。

 いや、実際見透かしているのだろう。僕の浅はかな部分を…


「ワシには目的がある。その手助けをしてくれれば貴様の願い。叶えてやろう。」


「目的…?」


 目的とは何だ?そもそもこの老人は誰だ?ここはどこなんだ?

 聞きたいことが山のようにあるが老人は淡々と話を進める。


「ワシは貴様が拾った石に封印された者だ。名を「トール」という。驚いたか?」


 トール…聞いたことのない名だ…が一応話を合わせておこう…


「あ、あぁ、トールね…そりゃすごい…」


「…薄い反応だな。」


 まずい。普通に演技がバレそうだ。


「いやぁ!そんなことは無いよ!びっくりだ!」


 我ながら大根役者が過ぎる。


「…まぁいい。貴様はこの国の勇者の伝承を知っておるか?」


「あ、あー、子供のころから嫌というほど聞かされてるよ」


 これは本当だ。その昔、この国を滅ぼそうとした厄災竜を二人の勇者が打倒したという…


「三人だ!」


 間髪入れず老人は否定する。というかさっきからしゃべってもいないのに返事をしてくるんだ…


「そう。三人なのだよ。その伝承は間違えておる。「剣技の王」「魔技の王」そして、このワシ「拳技の王」じゃ」


 …?


「けんぎの王が二回出てきましたけど…」


「漢字が違う!!」


 漢字?

 拳技の王…?

 何を言っているんだこの老人は?


「…やはり、今の歴史では拳技の王は抹消されておるということか…!!」


 殺気が一段と強まる。この人、言っている事の意味が分からないがとてつもなく強い…

 今も会話の中で警戒しているが一瞬のすきも見せない。


「ワシはそれが許せん!なぜ私の名が語り継がれておらん!なぜじゃ!あの堅物とおちゃらけだけちやほやされておるのじゃ!!」


 あれ…?


「厄災竜を倒したのは三人の力じゃ!なのにあやつらはワシを仲間外れにしよった!許せん!ワシも有名になりたかった!後世に名を残したかった!」


 あー…


「ここまで運ばれてきた道中、どいつもこいつも口を開けば剣だ魔法だ剣だ魔法だ!!男なら拳で戦え!これだから若いもんは!!ワシは「剣技の王 オーディン」「魔技の王 ロキ」に仕返しがしたいのじゃ!」


 思ったよりもしょうもない。


 その内容が本当かどうかは定かではないが本当だとしてもしょうもない。いやいっそ老人のボケであってほしい。

 何だこの殺気。よく出せるな。


「1000年じゃ!ワシが石になって1000年恨み続けてきた!」


 暇な人は他人を恨むことに時間を費やす。自論だがあながち間違っていないと思う。


「じゃあ僕はその仕返しとやらの手伝いをすれば良いと…」


「そうじゃ」


 嫌だなぁ…

 でも断ったら何されるかわかんないしなぁ。


「因みにYESというまでワシとここでずっと一緒じゃ。」


 予想以上に嫌なことだった。


「ワシはいつまででもいいぞ。追加で100年200年大して変わらん。」


 なんともまぁ部の悪い取引ですこと。


「わかった。その契約乗った。」


 って言わないと出してくれないんでしょ?


「賢明な判断じゃ。」


 瞬間、目の前に壊れたテーブルと食器が映る。

 周りを見渡すと解散していく野次馬の背中。

 朝食のパンの香ばしい香り。

 遠くから聞こえるベントの叫び声。


「あーあー、喧嘩なら外でやってくださいねぇ。」


 塵取りと箒を持ったメイド姿の白髪で線の細い老婆が駆け寄ってくる。


「誰かと思えばレイ坊じゃないかい。喧嘩なんてめずらしい。」


 深いため息をつきながら答える。

「…僕は巻き込まれた人間です。」



















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