4.図書館の知恵
事件から三日後、諒は研究所の図書館へと足を運んでいた。
魔法剣暴走事件の詳細な報告書を提出し終え、今は原因の究明と再発防止に向けた研究資料を探している最中だった。事件後、マーカスから正式に第七研究室の改善プロジェクトを任されたのだ。
「あの棚の三段目…」
諒が古い魔法書を探していると、背後から静かな声が聞こえてきた。
「お探しの本なら、こちらかもしれません」
振り返ると、深緑色のローブを着た若い女性が立っていた。黒縁の眼鏡越しに優しげな瞳で諒を見つめている。腕には何冊もの古書を抱えていた。
「私は図書館司書のエレナ・ワイズクロフトです。暴走事故を解決なさった方ですね」
「はい、青山諒です。話が伝わっているんですね」
「ええ。研究所内では大きな話題になっています。最弱と言われた分析スキルの使い手が、あのように危機を解決したことは…」
エレナは本棚から一冊の古い書物を取り出した。
「これは古代魔法における共鳴現象の研究書です。先日の事故解決に至った貴方の手法は、実は古代でも似たような理論があったんです」
「古代魔法…ですか?」
「はい。古代文明では、私たちとは違う角度から魔法を研究していたようです。特に、魔力の波動理論は非常に進んでいたとされています」
エレナの説明は、諒の興味を強く引いた。前世の物理学における波動方程式に近い考え方が、この世界の古代文明にもあったというのか。
「もっと詳しく聞かせていただけませんか?」
二人は図書館の奥にある閲覧室に移動した。テーブルの上には、エレナが用意した古代魔法に関する書物が積み上げられている。
「実は、先日の事故の報告書を読ませていただいたんです」
エレナが静かに切り出した。
「貴方が用いた魔力の逆位相による打ち消しの理論。それは古代の『魔力律動論』と呼ばれる理論と酷似しています」
エレナが古書を開き、複雑な魔法陣の図を指さす。
「この魔法陣、波動の干渉を利用して魔力を制御する装置なんです。でも、現代ではこの理論は失われてしまって…」
「なるほど…」
諒は魔法陣を食い入るように観察した。分析スキルが、その構造を細部まで映し出す。
「これは…まるで、共振器のような構造ですね」
「共振器?」
「はい、前世の…いえ、私の知っている科学技術の一つです。波動を増幅したり、特定の周波数を選択的に通過させたりする装置で…」
話が盛り上がる中、エレナが不意に眉をひそめた。
「そういえば、最近気になることが…」
「何でしょうか?」
「各地の研究所から、奇妙な報告が届いているんです。魔力を扱う実験の成功率が、わずかずつですが低下しているという…」
「低下?」
諒は聞き返した。どこか引っかかるものを感じて。
「ええ。まだ誤差の範囲かもしれませんが、その傾向は確実に…」
その時、閲覧室のドアが勢いよく開いた。
「諒!大変よ!」
リーシャが息を切らして現れた。その表情には、ただならぬ緊張が浮かんでいる。
「第四研究室の氷魔法実験で、予想外の現象が起きたの。あなたの分析力が必要よ」
「わかりました、すぐに」
諒は立ち上がりながら、エレナに向き直る。
「また改めて相談に来てもいいですか? 古代魔法の件で、気になることが…」
「ええ、もちろんです。いつでもどうぞ」
エレナは穏やかに微笑んだ。
諒がリーシャと共に去った後、エレナは物思いに沈むように窓の外を見つめた。
(魔力の異常…古代の記録にも、似たような記述があったような…)
図書館に残されたエレナの周りで、古い書物たちが何かを語りかけるように、かすかに魔力を瞬かせていた。




