レイリア王女は恋をしました。恋をしたその人の名はアラフっ。貴方から言い訳を直接聞きたいわ。来ないと。呪うわよ。
「お前のような下賤な血を引く女を、わたくしの兄の子の嫁にしてやると言っているのです」
レイリアはマディニア王国の国王が食堂に勤めていたマリアと言う女に手を付けて産ませた庶子だ。
マディニア王国の王妃には、ディオン皇太子。フィリップ第二王子。そして、王族をはずれているが、ディミアス大公の三人の立派な息子がいる。
だから、マリアなんて下賤な女が産んだレイリアに対してあたりが強かった。
マリアが亡くなったからこそ、一年前に王家に引き取られたレイリア。
マナーは学び中だが、なかなか覚えることが多くて大変だ。
今まで市井で暮らしていたのだ。解らない事が多くて。
兄達も忙しいらしく、あまり交流もない。
そんな中、珍しく王妃に呼び出されて言われたのだ。
「貴方、アイルノーツ公爵家のジャックと結婚しなさい。ジャックはいずれ騎士爵を賜る予定です。騎士爵といえども、ジャックは近衛騎士や、騎士団長を狙えるくらい、優秀な甥。
下賤なお前にはもったいないけれども、わたくしが特別に結んだ縁。有難く思いなさい」
レイリアは、この王妃が苦手だった。
事ある毎に下賤な娘と悪口を言う、王妃。
国王が浮気をして作ったマリアの娘だから許せないのであろう。
「かしこまりました」
そう言うしかなかった。
レイリアがまともに恋したのは、隣国から外交官についてきた、エリク・ハリウス伯爵である。彼は隣国に帰ってしまい、他の令嬢と婚約を結んだという。
レイリアの恋は砕け散ったのだ。
今更、誰と結婚しようが、レイリアに結婚相手の選択権はない。
アイルノーツ公爵家は王妃の実家だ。
ディミアス大公も、フィリップ第二王子も、アイルノーツ派閥の貴族の令嬢と縁を結んでいる。更にレイリアをアイルノーツ公爵家の令息と結婚させて、アイルノーツ公爵派閥をマディニア王国で強くしたいのだろう。
その日の夜、珍しく夕食にレイリアも同席を許された。
いつもは一人で食べる夕食。
レイリアは美しい桃色のドレスを着て、緊張した面持ちで、食堂へと足を運ぶ。
そこには、国王と、王妃、ディオン皇太子、フィリップ第二王子の四人がいた。
いつもこの四人で食事をとっている訳ではない。それが勢ぞろいしているのだ。
レイリアは自分の事ではないかと、ドキドキした。
食事をしながら、ディオン皇太子が母である王妃に口を開く。
「俺は反対です。アイルノーツ派の力を強くしたいと母上は思っておいででしょうけど、ディミアスもフィリップもアイルノーツ派の令嬢と縁を得ている。それを、更に?それ程までに魔族は嫌いですか?」
王妃は優雅に前菜のサラダを食べながら、
「フォルダン公爵は魔族ですわね。わたくしはフォルダン公爵が嫌いだわ。だから、彼が力を持つのは嫌なの。ディオン。貴方と国王陛下がフォルダン公爵派を推するのは、理解するわ。でも、我が実家の事も考えて欲しいの。そこの下賤な娘。わたくしの大事な甥と結婚させてやると言うのです。いいですね?国王陛下、ディオン。反対は許しません」
レイリアは泣きたくなった。
ディオン皇太子がかろうじて反対してくれたけれども、他の二人は当てにならない。
父である国王は、しらんふりをして前菜を食べている。
フィリップ第二王子も、優雅に前菜を食べている。
ここで嫌ですなんて言おうものなら、王妃に叱られるだろう。
これだから下賤の娘はと。
ああ、伯爵様に、エリク様に会いたい。
爽やかな風を残して、去っていったエリク様。
二人で踊った一夜のダンス。あまりにも、綺麗な思い出で。
レイリアはエリクに会いたいとつい願ってしまう。
彼は手紙で、婚約したと言っていた。
でもでも、一目だけでも、会って。会ってどうするの?
この恋を諦めねば。一目会って諦めねば。
レイリアは翌日出かける事にした。
アマルゼ王国の外交官が泊っている宿舎である。
そこで、エリクがまた、このマディニア王国に来ることがあるか聞いてみるのだ。
レイリアが馬車に乗って、翌日、訪ねれば、以前会ったことがある外交官が対応してくれた。
「エリク様はお元気ですか?」
「エリク様???」
「ええ、エリク・ハリウス伯爵様です」
すると、外交官の隣にいた別の外交官の青年が、
「そんな伯爵いましたっけ?」
外交官は慌てて、隣の青年の口を押え、
「はい。ハリウス伯爵ですね。お元気ですよーー」
怪しいと思った。
何故に、そんな伯爵いましたっけだなんて言う?
「わたくしに嘘はいけませんっ。本当の事を教えてくださいませ。外交官殿」
「いやその、ですね。辺境騎士団のアラフ様にっ、このマディニア王国に連れてきて欲しいと。何でもディオン皇太子殿下の尻を狙っていたらしく」
「えええええっーーーーー」
「ですから、どうかお許しをっ」
美しかった思い出がガラガラと崩れていく。
騙されたのだ。
レイリアは辺境騎士団アラフへ文句の手紙を書く事にした。
― アラフ様。お元気ですか。わたくし、マディニア王国の王女レイリアです。ああ、わたくしを騙していたのね。酷い。わたくしはアラフ様と踊ったあの日の夜が忘れられなくて。
それなのに、なんて人。一度会いにいらっしゃい。貴方から言い訳を直接聞きたいわ。お兄様のお尻を狙っていたらしいけれども。その辺の本当の事をわたくし知りたいの。いいわね。アラフっ。ぜったいにーーー来ないと。呪うわよ ―
手紙を送りつけてやった。
自分はもうすぐ、アイルノーツ家のジャックと言う男と婚約するのだ。
最後にだから、初恋のアラフという野郎に一言文句を言ってやりたい。
しかし、アラフは来るだろうか?
そんなとある日、毎日の勉強に疲れて、王宮の庭のテラスで紅茶を飲んでいたら、声をかけられた。
「正体がばれたなんて、あの外交官、口が軽いな。お久しぶりです。レイリア様。辺境騎士団四天王アラフと申します」
「来たのねーー。アラフ様」
ああ、相変わらず美しい金の髪に整った顔。それがそれがそれがーー。お兄様の尻を狙っていただなんて。
レイリアはにっこりと微笑んで、
「一緒にお茶をして下さらない?」
「いいんですか?」
「ええ、お茶しましょう」
あの日の夜のテラスでのダンスを思い出す。
わたくしはきっと、アラフとこうしてお茶をすることによって、恋の最後の思い出にしようとしているんだわ。
「アラフ様は何をしているの?辺境騎士団と言ったら、魔物討伐と美男の屑をさらう騎士団として有名だけれども」
「そ、それは……」
「情熱の南風アラフ。北の夜の帝王ゴルディル。東の魔手マルク。三日三晩の西のエダル」
「まぁ、確かに。美男の屑をさらう事は俺達四天王が中心になってやっている事だ」
「だから、お兄様を狙っているの?お兄様が屑だから」
「まぁ、でも、ディオン皇太子は強いから、俺達では無理だな」
「そう、それは良かった。ディオンお兄様がいて下さらないと、マディニア王国は終わってしまうわ。フィリップお兄様では荷が重いし」
「そうそう、確かにな」
秋の木の葉が舞い散る。
こうして、アラフと話をすることは楽しい。
レイリアは問いかける。
「アラフ様は何故?辺境騎士団へ?」
「貴族が嫌になったからかな。俺は伯爵家に生まれたんだけど、色々とあって嫌になって。辺境騎士団へ入ったんだ」
「恋をした事は無いの?」
「恋ねぇ。昔、ちょっと癒される女性がいたな。娼婦だったけど、彼女の胸は癒された。これが恋だったか解らない。俺は彼女と結婚したいと思わなかったし。失って見て、俺が彼女と結婚したらまだこの手の中にいたんだろうか?と考えるけど。今更もう、後悔したって遅いんだって……思うんだよな」
「アラフ様も色々あったのね」
陽が傾いてきた。
レイリアは立ち上がって、
「有難う。わたくしに会いに来てくれて。そしてさようなら。わたくしはアイルノーツ家のジャックと婚約することになったわ」
アラフはレイリアに手を差し出して、
「では、別れのダンスをあの夜のように」
「ええ、お願い。一生の思い出にするわ」
アラフと夕陽の中、ダンスを踊る。
キラキラと秋の木の葉が舞って、あの夜と同じ、アラフの顔は美しかった。
レイリアは思わず見惚れる。
そしてアラフに感謝した。
素敵な思い出を有難う。わたくしはこの思い出を胸に、ジャックと言う男と婚約するわ。
それから、しばらくして、ジャック・アイルノーツと顔合わせをした。
彼はマディニア王国の騎士団で騎士を務めているきわめて有能な男だ。
先行き、騎士団長をクロードと言う男と争うであろうと言われている位、若くして剣技の腕が確かで、いざという時の判断力にも優れていた。
王宮の庭での顔合わせて、王と王妃、そしてアイルノーツ公爵夫妻が付き添う中、ジャックが自己紹介をする。
「ジャック・アイルノーツです。レイリア様」
「レイリアです。よろしくお願いします」
黒髪のなんてことはない、普通の顔立ちのジャック。
二人きりで話がしたいという事で、ジャックと王宮の庭を歩きながら、話をする。
「俺はいずれ騎士団長になる。絶対に。だからレイリア様。レイリア様を不幸せにはしない。地位と名誉、必ず約束するから」
いきなりそう言われた。
レイリアは、目を白黒させて、
「わたくしは市井で育ってきた下賤な娘です。でも、政略ですもの。仕方ないですよね。ジャック様」
「でも、王族でしょう?あのディオン皇太子殿下と同じ血を引いているのですから。俺の家は名門で、叔母は王妃になる程の名門です。その名門の出の俺に、ディオン皇太子殿下と連なる貴方はふさわしい」
レイリアは、あまりいい気持がしなかった。
母は市井の食堂で働きながら、レイリアを育ててくれた。
血が何だと言うの?その母の血を王妃は馬鹿にしてくる。
レイリアはジャックに向かって、思いっきり叫んだ。
「血が何だと言うの?わたくしの母はわたくしを一生懸命育ててくれた。わたくしは母の血を引いていることを後悔していないっ。わたくしはわたくしはっ。貴方なんて大嫌い。政略だから結婚してあげます。でも、わたくしは一生、貴方を憎むわ」
ジャックは驚いたように、こちらを見つめてきた。そして……頭を下げて。
「酷い事を言ってごめん。少しでも、良く見せたくて。俺が誇れるのは血筋しかないから」
「ジャック様は優秀だと聞いております。騎士団でも剣技の腕が立って、状況を見るのも優れているって」
「そうだな。皆が、俺を頼りにしてくれる。俺は王国の役に立っているんだって。騎士団の特に同期の仲間達は俺にとってはかけがいのない仲間だ。共に苦労して、共に泣いたり怒ったり」
悪い人ではない。もっとジャックの事が知りたいと思った。
「もっと貴方の事が知りたいわ。わたくしも貴方に話したいことがあるの」
「俺も、君に話したい事がある」
二人で沢山、話をした。
互いの恋の思い出。互いの今までの生活。
互いに感じた事。
ジャックはとても同期の騎士達との友情を大切にしていると、熱く語ってくれた。
ディオン皇太子が黒竜魔王を討伐した時も共に参加したと、レイリアはにこにこしながら、
「その話、聞かせて。どんなふうに戦ったのか。貴方は何を思ったのか」
二人はテラスに戻って、椅子に座り、陽が傾くまで互いの事を語り合った。
レイリアは、翌日、アラフに手紙を書いた。
― わたくし、この間、婚約者の方と顔合わせを致しました。まだ、好きかどうか解りませんけれども、政略なのだから、このまま結婚することになるでしょう。でも、陽が暮れるまで話をしたいと思ったのは、貴方と同様だと思いましたわ。どうか、お元気で。わたくしに会いに来てくれてありがとう -
その後、レイリアはジャックと正式に婚約した。
辺境騎士団からレイリア宛に豪華な祝いの品が届いた。
綺麗な桃色の花束と、魔石で作った首飾りだった。
それを見たディオン皇太子は、
「えらく、辺境騎士団に好かれたな。レイリア」
「ええ、わたくしはとても幸せだわ。お兄様はお尻が心配でしょうけど」
ディオン皇太子は呆れたような何とも言えないような顔をした。
マディニア王国の短い秋が終わりをつげ、長い冬に入ろうとしていた。